SDR発信情報

2012.3.13


地 震 の 早 期 検 知 と 警 報


中村 豊
(株)システムアンドデータリサーチ

1. はじめに
 地震防災の基本が耐震強化にあることはいうまでもない。しかし、予想される地震動に対して十分な強さをもった住宅や施設であっても、その機能はさまざまな状況下で発揮されるものであるため、思わぬ災害に発展してしまうことも考えられる。こうした不測の事態に対応するための情報システムとして、早期地震警報システム「ユレダス(UrEDAS:Urgent Earthquake Detection and Alarm System、“揺れ出す”)」が開発されてから、四半世紀が経過した。はじめは1980年代後半に青函海底トンネルの地震情報システムの一部として運用が開始され、次いで東海道新幹線の走行安全性を少しでも高めるシステムとして1992年から本格的な運用が始まった。その後、阪神淡路大震災などを経験して、こうした防災情報システムの問題点を実際に経験しながら改良を進めてきた。

 その結果、「フレックル(FREQL: Fast Response Equipment against Quake Load、“振れッ来る”)」が開発された。ユレダスは当初、P波を検知してから警報発信まで3秒間を要したが、フレックルでは、現在、最短0.1秒にまで、警報処理時間を短縮することに成功している。この程度の警報処理時間であれば、直下で発生した地震に対しても、大きな揺れに概ね1秒以上先行して警報できると期待される。

 2005年頃から試験運用が始まった気象庁の緊急地震速報もまた、震源に近いところで地震を検知して、遠隔地に大きな揺れが伝わる前に通報しようとする早期地震警報の一種である。

 早期地震警報の構想は明治維新の1868年までさかのぼる。しかし、サンフランシスコを対象にしたこの構想は実現されることなく忘れ去られた。およそ100年後の1972年、全く独立に日本でも東京を対象にした早期地震警報の構想が公表された。これを契機に、日本では気象庁をはじめとする各機関で本格的な開発研究が始まった。

 早期警報によって得られる先行時間は、非常にわずかであるが、高速走行する列車や高層エレベータなど極限状態で機能している施設では大きな意味を持つ可能性がある。もちろん、十分な耐震性が無ければ、機能が損なわれる以前に崩壊の危険がある。また、地震によって崩壊した建物から生存者を救出する際にも、大きな余震をいち早く警報して二次災害を防止することが考えられる。


2. 早期地震警報システムの開発・実用化と問題点
 地震警報の考え方には、地震を検知する場所に、震源の近くか警報対象の近くかの2通りがあり、また、地震を検知する方法に、P波を検知するか単なるトリガーかの2通りがある。したがって、合計4つのやり方があることになる。一番早いのは震源でのP波警報であり、一番遅いのは、警報対象近くでの単なるトリガー警報(S波警報といわれることがある)である。ここでは、P波部分で警報するものを早期地震警報と呼ぶ。

 世界で初めての実用的な早期地震警報システムは旧国鉄で開発された。まず、震源近くで、単なるトリガー方式(40Gal加速度警報)で地震を検知する方法が東北新幹線の開業時から実用化された。次に、独立した単一観測点において、P波で地震を検知し、この部分の情報だけで震央位置や深さ、地震の規模を推定する方法が開発され、ユレダスとしてシステム化された。これは、東海道新幹線で1989年から試用され、1992年から本格運用された。その後21世紀になってから気象庁でも早期地震警報システムの開発に成功したとされ(ただしP波識別機能はない)、緊急地震速報として2007年から一般の利用が始まった。

 ユレダスは、当初から、地震動を数値化して読み込む時間間隔(1/100秒)で震源推定に必要な処理を繰り返すリアルタイム処理を採用している。つまり、地震の有無で処理量に大きな差異がないことが特徴であり、地震発生によって処理量が急増してシステムダウンを引き起こすおそれが無いという、それまでのシステムにはない重要な特長を備えている。震源推定に要する時間は、対象とする地震の規模M(マグニチュード)が大きくなるほど長くなると考えられ、当初、M>6.0の地震を対象として、断層破壊に対応する時間、概ね3秒を設定した。その後、これより短くても的確にMが推定できることがわかり、後継のフレックルでは1秒にまで短縮された。

 また阪神大震災を契機に、鉄道沿線に設置することを念頭に開発されたコンパクトユレダスは、P波部分の地震動が危険な地震動に発展する可能性をいち早く判定して、より迅速に警報することを目指して開発されたものである。P波検知後1秒程度での警報を目標としていた。これも、より迅速なP波識別に成功したため、後継のフレックルでは最短0.1秒の警報発信を実現している。このため、フレックル警報は、直下の地震に対しても、大きな揺れに遅れることはまず無い。

 また、フレックルはユレダス機能とコンパクトユレダス機能を併せ持っているだけではなく、設置地点のリアルタイム震度をリアルタイムに表示通報する機能も持っている。リアルタイム震度とは、地震動が単位質量に作用するパワーの対数で定義されるもので、その最大値は、地震検知後60秒間の3成分地震動波形を処理して得られる気象庁震度とほぼ同じ値となる。

 これに対して気象庁のシステムは、貯め込んだ波形データを使って関数フィッティングにより、必要なパラメータを決定する間歇的な処理方法(検知してから2秒以後、1秒毎にデータを追加して処理)を採用しており、警報までに2秒以上の処理時間を要する。気象庁によれば、平均5.4秒の処理時間となるが、原理上、これを短縮することは困難である。

 それでも、M8クラスの巨大地震の場合には、震源から遠く離れた地域でも被災する可能性が高いので、被害地域の中の震源から離れた地域では、緊急地震速報は大きな揺れに先行できるところもあると期待される。しかし、こうした地域では、地震を感じてから大きく揺れ出すまでには多少の時間的余裕があるので、緊急地震速報がなくても適切な地震時の緊急対応をとることができる。また、震源に近いところでは、緊急地震速報は大きな揺れよりほぼ確実に遅れる。したがって、緊急地震速報の有無が被害の大きさに影響することはまずない。実際、2011年の東日本大震災の場合、徐々に地震動が成長しており、緊急地震速報とは関係なく、多くの人々が大きく揺れだす前に地震に気づいている。このためか、緊急地震速報が役立ったとする具体的事例は報告されていない。

 一方、日本で毎年のように発生しているM7クラスの地震の場合、直下で発生すれば甚大な被害をもたらす可能性が高いが、緊急地震速報は被害域では大きな揺れに先行することができない。また、緊急地震速報に伴う各地の震度は、あくまでも予測であって、その精度は低いため、地震後の対応に使うこともできない。つまり、気象庁の緊急地震速報は防災情報としてはほとんど意味がないのである。注意しなければいけないのは、被害が発生する震源域では大きな揺れの前に緊急地震速報が伝えられたことはないが、被害のない離れたところでは期待通りに揺れ出すのを多くの人が経験していることである。このため、多くの人が緊急地震速報は大きな揺れに先行するものと誤解している。


3. 早期地震警報(いわゆるP波警報)が有効に機能した事例
 改めて言うまでもなく、適切な早期警報は地震被害を軽減できると期待される。明示的に早期地震警報システムが有効に機能した事例として、2004年新潟県中越地震の際の上越新幹線とき325号に対するものがある。この地震では、コンパクトユレダスが大きな揺れに先行してP波警報を発し(P波検知1秒後)、大きな揺れの3秒以上前に非常制動をかけた。震央付近を走行中の上越新幹線とき325 号は、脱線以上の事態に発展することはなく、154名の乗員乗客には怪我もなかった。

 脱線は、地震の揺れで大きな水平相対変位が発生している地点を通過したため、逐次的に発生した。迅速な警報に伴う減速により、最後の車両が当該地点を通過する前に大きな揺れは収まり、最後の車両は脱線しなかった。しかし、脱線した車体とレールの接触による摩擦熱でレールが伸びた。レール締結部分を壊しながら走行していた車両が通過した後、それまで車両で押さえ付けられていたレールは急激に横方向に孕み出した。また、前方にあった絶縁継ぎ目付近は伸びたレールに押し付けられて浮き上がったが、その部分を車両が高速で通過したために、20mほど車体が次々にジャンプした。最後部車両だけは後ろから引っ張られることがなく、着地後リバウンドして排水溝に落ち込んだ。このあと800mほど引きずられるように走って止まった。もし警報が遅れていれば、地震中に危険個所を通過する列車が増え、脱線車輌が増えたと考えられる。その結果、車体とレールの摩擦によるレールの伸びはより激しいものとなり、走行中にレールが孕みだしてレールを踏み砕きながら走行する事態が出現し、脱線車輌が座屈してドイツの列車事故のように折り畳まれ、中国の新幹線事故のように高架橋から落下するという大惨事に発展した可能性がある。

 上述した例のように、大きな揺れに先行する警報によって適切な緊急対応を発動することができれば、地震被害が軽減できるものと期待される。


4. 東日本大震災時の動作状況
 2004年新潟県中越地震の後、2006年能登半島沖の地震あたりからJR東日本管内の新幹線に対する警報システムは気象庁方式のシステムに置き換わっている。東日本大震災時には、新幹線では気象庁方式のシステムが稼動していた。

 東日本震災時の新幹線警報システムの動作状況は、JR東日本の発表によると、以下のとおりである。すなはち、牡鹿半島の先端付近にある金華山検知点が120Gal(cm/s2)以上を検知したため、14:47:03に警報を発して、14:47:06から非常制動がかかり始めた。仙台や古川付近を走行中の列車に最初の大きな揺れ(第1 震)が襲ったのは14:47:15付近であり、約12秒の先行時間があった。第2 震はさらに50秒くらい後であった。こうして、すべての営業列車は脱線せずに安全に停止した、とのことである。

 しかし、120Galの加速度警報は、早期地震警報システムが警報に失敗したときのバックアップであり、気象庁方式のシステムが警報に失敗したことを意味している。また、120Gal警報は、開業当初の40Gal警報に比べても5秒くらい遅い警報である。今回の地震動は緩やかに成長しているため、迅速なP波警報はできなかったと思われるが、それでも、フレックルがあれば、40Gal警報より12秒くらい早い14:46:46には早期警報が出せたものと推測される。現行より17秒多い先行時間であり、付加的な減速効果が見込める。

 仙台付近には、高架上の電柱が集中的に傾斜・折損した箇所があり、もし地震の発生が3分から4分早かったら、ここを新幹線列車が高速走行していたはずである。警報が大幅に遅れたにもかかわらず大惨事を免れることができたのは幸運としか言いようがない。

 一方、牡鹿半島の根元付近に設置されていたフレックルは、14:46:54にP波警報(コンパクトユレダス警報)を発している。地震動が徐々に大きくなっていったため、非常に堅固な岩盤地点である設置点が危険と判定されるまでに地震検知時間(14:46:39)から15秒を要している。この地点での第1震の最大震度は4.9、第2震は5.5であった。なお、警報時点では、初動周期に基づくMの推定は4.8でかなり過小であったものの、震央位置はほぼ正確に特定できている。この震源とP波検知後、警報時点までの上下動速度振幅とから地震規模Mを推定すると、8.0超となる。これは第1震に対応するものと考えられる。この後S波が到達したため、第2震のMを適切に見積もることはできていないが、この地震の巨大性は、地震発生(14:46:23)後30秒程度で把握できていたことになる。


5. 早期検知情報の利活用と今後の展開
 地震の揺れが伝わる前に市民に警報して、地震被害を軽減しようとする考え方は、古くからあるが、その効果についてはなかなか実証されることが無かった。自動制御システムに対する早期警報の効果が現実のものとして確認されたのが、前述の2004年新潟県中越地震時の上越新幹線とき325号の脱線事故である。早期警報が奏功して、時速200kmで走行していた新幹線列車の乗員乗客154名には怪我ひとつなかった。人間に対する早期警報の効果については未だに明確な実証例がないが、訓練されたレスキュー部隊などでは、短い先行時間も有効に使えると期待され、ポータブル型のフレックルなどが全国の消防・警察消防に配備されるようになってきた。今後、多くの人が集まる映画館、劇場、商業施設などでは、落下物の危険をいち早く避けるためにも、早期地震警報が必要になるものと思われる。もちろん、事前に各施設の弱点箇所を調査して、対策を施しておくことが前提となる。しかし、その機能上回避できない弱点もあり、その周辺から退避することが求められる施設も数多いと思われる。こうした場合、早期地震警報によって、あらかじめ定められた避難行動をとることによって被害を大幅に軽減できると期待される。いずれにしても、災害の規模や様子を的確にイメージする事が重要で、イメージされた災害に対して合理的に対応できるよう事前の準備が不可欠である。早期地震警報は当該地点の空間的時間的な状況から想定される災害に対して的確な対処をするためのトリガー情報であり、地震後にはその場所の正確な揺れの観測情報が、施設の事前の耐震調査結果と併せて合理的な地震後対応をしていくための重要な防災情報となる。東京メトロや小田急電鉄など、これらを組織的に準備して、大きな地震動に備えるとともに、地震後の合理的な復旧を目指す機関も現れ始めている。今後、さまざまな地震防災情報がリアルタイムに提供されるようになると思われるが、それらの情報を有効に活用して、ハード対策から漏れてしまった地震災害をできるだけ軽減していきたいものである。

以上


参考資料
1) J. D. Cooper: Earthquake Indicator, San Francisco Daily Evening Bulletin, 3rd November, 1868.
2)伯野元彦・高橋 博:10 秒前大地震警報システム、自然、9 月号、1972 年
3)中村 豊:総合地震防災システムの研究、土木学会論文集I、No.531/I-34、pp.1-33、1996.1.
4)Nakamura, Y.: A New Concept for the Earthquake Vulnerability Estimation and its Application to the Early Warning System, Early Warning Systems for Natural Disaster Reduction edited by J. Zschau and A. N. Kuppers, 693-699, 2003, related conference held at 7-11 September 1998 in Potsdam, Germany.
5)中村 豊:「新潟県中越地震の早期検知と脱線」、「地震動早期検知システム」、「自律防災」、地震ジャーナル第 41 号、2006 年 6 月
6)中村 豊:地震防災システムの動向、鉄道と電気技術、第 19 巻第 9 号、2008 年 9 月
7)Nakamura,Y., Saita, J. and Satoh, T.: On an earthquake early warning system (EEW) and its applications, Soil and Dynamics and Earthquake Engineering, 2010,


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