緊急地震速報の問題点と気象庁などの役割

2011.10.14 SDR

地震の半年ほど前の日付で書いた小文がある。当時、なんらかのきっかけで問題点を整理したものだが、公開していない。ここで提起した問題点については、大震災後に現実のものとして広く認識されたはずなので、震災後は改めて指摘する必要はないと思っていた。しかし、緊急地震速報に関して、再び危惧した誤解がまた蔓延し始めているようである。そこで、一年前の小文をそのままHPに掲載し問題提起したい。


2010.10.16

緊急地震速報の問題点と気象庁などの役割


中村 豊
(株)システムアンドデータリサーチ
東京工大大学院総理工人間環境システム専攻連携教授


 気象庁の緊急地震速報は、震源に近いところで地震を検知して、遠隔地に大きな揺れが伝わる前に通報しようとするもので、2005年頃から試験運用が始まった。新幹線では既に1980年代後半から実用化されている早期地震警報であるが、そのアイディアは明治維新の年(1868年)にサンフランシスコで初めて発表されている。しかし、そのアイディアは実現されることなく忘れ去られた。およそ100年後の1972年、全く独立に日本でも東京を対象にした早期地震警報のアイディアが公表され、本格的な開発研究が始まった。

世界で初めての実用的な早期地震警報システムは旧国鉄で開発された。まず、震源近くで地震を検知する方法が1985年頃から東北新幹線で実用化された。次に、独立した単一観測点において、P波で地震を検知し、この部分の情報だけで震央位置や深さ、地震の規模を推定する方法が開発され、ユレダスとしてシステム化されて、東海道新幹線で1989年から試用、1992年から本格運用された。その後21世紀になってから気象庁でも開発に成功し、緊急地震速報として2007年から一般の利用が始まるとともに、関連する法律も制定された。しかし、緊急地震速報には、これから述べるように、多くの問題がある。

気象庁で開発されたシステムは、ユレダスのリアルタイム処理(地震動をデジタルとして取り込む時間間隔1/100秒の間に必要な処理を終え、それを繰り返す)とは異なり、貯め込んだ波形データを間歇的に処理するため(検知してから2秒、3秒、5秒、7秒、10秒・・・)、警報までに数秒以上の処理時間(気象庁によれば、2秒以上、平均5.4秒)を要するが、原理上、これを短縮することは困難である。それでも、M8クラスの巨大地震の場合には、震源から遠く離れた地域でも被災する可能性が高いので、被害地域の中の震源から離れた地域では大きな揺れに先行して速報できるところもあると期待される。しかし、こうした地域では、緊急地震速報がなくても、地震を感じてから大きく揺れ出すまでには多少の時間的余裕があるので、十分に訓練された地震時の緊急対応によって被害は軽減できると期待される。また、震源に近いところでは、緊急地震速報は大きな揺れより遅れるので、緊急地震速報の有無が被害の大きさに影響することはまずない。さらに、こうした地震は日本では数十年に一度の頻度でしかない。緊急地震速報のコストパフォーマンスが本質的に低い問題もさることながら、これまでの実績(震央付近の計測震度計情報の不達問題など)をみると、大きな揺れに奔走されながら緊急地震速報が期待通りに送出されるのかどうかはなはだ心許ない。

一方、日本で毎年のように発生しているM7クラスの地震の場合、直下で発生すれば甚大な被害をもたらす可能性が高いが、緊急地震速報は被害域では大きな揺れに先行することができない。また、緊急地震速報は、あくまでも予測であって、その精度は低いため、地震後の対応に使うこともできない。つまり、緊急地震速報は防災情報としてはほとんど意味がないのである。

震源域では大きな揺れの前に緊急地震速報が伝えられたことはないが、被害のない離れたところでは期待通りに揺れ出すのを多くの人が経験している。このため、多くの人が緊急地震速報は大きな揺れに先行するものと誤解している。昨今は緊急地震速報受信から始まる防災訓練も見受けられ、誤解がさらに拡がってしまう状況になっている。

早期地震警報に意味がないといっているのではない。現実に2004年の新潟県中越地震では、震央付近を走行中の上越新幹線が脱線したが、コンパクトユレダスが大きな揺れに先行して警報を発し(P波検知1秒後;後継機種フレックルでは最短0.1秒にまで短縮化されている)、非常制動をかけていたため、乗員乗客は全員怪我もなく無事であった。こうした例もあるので、大きな揺れに先行する警報によって適切な緊急対応が発動できれば、被害を軽減できる可能性がある。

しかし、緊急地震速報のように大きな揺れが来た後の警報では意味がない。すでに述べたように、大きな揺れに先行して警報できるシステムは既に緊急地震速報が出現する15年前には製品として存在していた。にもかかわらず、その普及を事実上抑制し、その後開発されたが、本質的に被害域では大きな揺れに先行して警報できない気象庁システムを法律で無理やり普及させようとしている点はさらに問題である。

緊急地震速報は、気象庁という地震に関する国家的な権威機関が法律に基づいて流す情報ということで、無闇に重要視されている。実際には過剰警報や誤報が頻発しており、結果として振り回されている。不必要な地震時対応をとり続けることになるため、本当に役立つ機会が来ても、津波警報がそうであるとは言わないが、無視されてしまうということになりかねない。このような状況下では、最も重要な耐震強化がなおざりにされ、結果として大きな被害を招いてしまうのではないかと危惧される。緊急地震速報は廃止するのが一番よいが、法律を背景にせず気象庁の独自判断で実施するのであれば、現在より弊害は少ない。早急な法改正が望まれる。

気象庁は、国の観測機関として、少なくとも地震に関しては、あやふやな予測情報を流すのではなく、観測に基づいた正確な地震情報をできるだけ早く、本震のみならず余震の発生状況も含めて発表すべきである。防災の基本は耐震強化であるものの、強化しきれなかったもの、経年劣化したものなど、さまざまな状況が存在する。現実には震源域を中心に相当な被害が生じることを覚悟しなくてはならない。本当に大きな被害が発生したときには、少なくとも地震直後、被害域は孤立することを念頭に置くべきであろう。孤立からできるだけ早く救い出すための情報が、観測に基づいた正確な地震情報なのである。

地震警報については地域性が高いので民間の創意工夫にまかせ、国家的な機関は地震直後の正確な観測情報の提供に努めるのが望ましいと考える。気象庁のみならず、地域の大学や防災科研など、能力を持った機関が、正確な地震情報をすばやく発信する仕組みを構築することこそが重要である。正確な地震情報に基づいて被害地域を特定し、機動部隊を救援に差し向けることが、発災後の初動体制として極めて重要だと思うのである。緊急地震速報関連の法律は撤廃しなければならないが、津波警報や地震情報の発信などに関する法律なども併せて見直しが必要だろう。

以上


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