ご報告

2004/11/12

2004年新潟県中越地震について(2)

(株)システムアンドデータリサーチ

目次

はじめに
ユレダスとコンパクトユレダス
今回の新潟県中越地震時の効果
これから


はじめに

今回の地震の際に上越新幹線に警報を発令したコンパクトユレダスは、P波検知後1秒で警報をだすことができる世界最速のシステムです。ただし近傍の地震に対応するもので、遠くの海溝型地震に対応するものではありません。つまり、従来の沿線地震計が大きな地震動に対して警報を出す(S波警報)に対して加えて、より早くP波を検知してP波警報を出そうとするものです。このP波警報はP波検知後1秒で出されます。万一、P波を見逃しても振幅が大きくなった段階で、P波警報とは独立して警報がだされるため、従来警報より遅れることはありません。つまり従来の警報システムより遅れることは絶対になく、P波とS波の波動到達時間差が1秒以上の場合(震源距離で8km程度以上、つまり深さ8km以上の地震ではすべてに地点で)、P波警報の方が早くなります。
コンパクトユレダスは、阪神大震災発生時のコンビニなどでの映像(明らかにP波に気づき、2,3秒で信じられないくらい強烈な地震動に見舞われる様子)に衝撃を受け、新幹線の直下で地震が発生しても、できるかぎり早く警報を出すことができるシステムとして開発を進めたものです。P波検知後1秒でP波警報を出すことができるコンパクトユレダス(加速度警報も備えた)として完成し、通常のユレダスが3秒かかるP波警報を限界近くまで早くしています。
実際にコンパクトユレダスが1秒以内に警報を出しており、コンパクトユレダスの警報によって付近を走行中のすべての列車に制動がかけられ対向列車が脱線個所に突入する危険度が大幅に低くなること、などを考えると多少なりとも効果はあったと考えています。
今回の地震については、この点を誤解しているような報道やコメントがテレビ・新聞・雑誌に数多く見受けられましたので、以下にユレダスやコンパクトユレダスについての説明や警報地震計について、また今回の地震に対するコメントを述べたいと思います。

ユレダスとコンパクトユレダス

ユレダスは地震対策の中心となる施設の耐震化を前提として不測の事態に備えたものですが。しかし、これによって構造物の地震被害が防げるとは考えていません。不測の事態が発生しても、旅客の被害をできるだけ軽減しようとするものです。すなわち、
  1. 高速のまま大きな地震動を受ける可能性を低くする、
  2. できるだけ損壊したかも知れないところを走行する可能性を少なくする、
  3. 危険なエリアに存在する列車全ての速度を低下・停止させることで、脱線した場合に対向列車と衝突するリスクを低減する、
ということが目的です。このために、地震検知後必要な地震に対してできるだけ速く警報するというのがユレダスやコンパクトユレダスの主な機能になっています。

(1) ユレダスの歴史

地震が発生すると考えられる場所に地震計をおき、そこからの情報を地震の波動よりも早く伝えることで大きな地震動が到達する以前に対応を始める、いわゆる早期警報システムは1868年には既に文献に現れています。しかしこれが実用化されるまでには100年以上の時間をかけねばなりませんでした。
前線検知
最初に実用化された早期警報システムは、東北新幹線の開業時に稼働した海岸線検知システムです。
このシステムは、東北地方は太平洋海底下で大地震、いわゆる海溝型地震、が発生することに着目し、海岸線より内陸に70km程度入ったところを走行している東北新幹線に警報を出すものです。つまり、太平洋の海岸線に地震計をおけば、いち早く地震を検知して警報を発することができます。
この警報は電気通信で新幹線沿線の変電所に伝えられ、付近を走行中の新幹線列車への送電が停止されます。この場合の警報から大きく揺れ始めるまで(S波到着まで)の時間は、S波で地震を検知したとすれば、大きく揺れる波動(S波)と電気通信の伝達時間差になります。
この海岸線検知システムは、東北新幹線開業時(1984年)〜1998年までは加速度が40ガルを超えることで地震検知をしていました。なお、後述するように1998年からコンパクトユレダスのP波検知機能が稼働し始め、P波で地震検知するようになっています。これにより、ユレダス検知点でのPS時間差分だけ余裕時間が増えています。
なお、同様のシステムとして有名なのがメキシコのSASで、海岸から300km離れたメキシコシティに警報を出すために、アカプルコを中心とした海岸線に14箇所の地震計を設置しています。これは1991年から稼働しています。なお、SDRではこのSASを運営しているCIRESの協力を受けて、私たちの研究用のユレダスをメキシコシティに設置しました。
P波検知
地震動にはP波、S波などがあります。P波は一番早く到着しますが、一般に続いて到着するS波以後の大きな震動で被害が生じます。このことから、P波は地震の情報を伝え、S波は破壊エネルギーを伝達するといわれることがあります。
P波を検知して、地震の発生や大きさに関する情報を知り、続いて到来する被害地震に対していち早く警報する、というのがP波警報です。警報から大きく揺れ始めるまでの余裕時間は、S波警報の場合はほとんど無いのに対して、P波警報の場合は震源からの距離に応じて増えていきます。このアイディアを世界で最初に実用化したのがユレダスです。

(2) 実用システム

現在、東海道・山陽新幹線、東北(盛岡以南)・上越・長野行き新幹線、東京地下鉄等でご利用いただいている地震動のP波の段階で地震を検知して必要な警報を発令する早期地震警報システムには、大きく分けてユレダスとコンパクトユレダスがあります。
東海道新幹線などのユレダスは過去の大地震の震源近傍に設置され、いち早く大地震の発生を感知して、やや離れた新幹線に警報を発します。実際の震源とユレダス設置点には距離があるので、PSいずれの波動で地震を検知するかによって、検知時間に差が生じます。いずれにせよ、これで稼ぐ時間は地震波動と電気通信の速度差によって生み出されます。 また、東北(盛岡まで)・上越・長野行の各新幹線の沿線、約20km間隔に設置された変電所には対震ハットがあり、その中に沿線用コンパクトユレダスが設備されています。コンパクトユレダスは、P波警報、加速度警報、最大加速度(水平2成分をベクトル合成したものの最大値)表示・通報、などの機能を持っています。
ユレダスとコンパクトユレダスの機能などを簡単にまとめたものを以下に示します。

ユレダスコンパクトユレダス
警報対象地震計の周囲の半径約200km地震計の周囲の半径約20km
P波からの算出内容地震の諸元と想定される被害地域地震動の危険性
算出時間3秒1秒
警報内容想定される被害範囲に対する警報P波による地震動の危険度による警報
加速度レベル超過による警報
設置場所過去の大地震の震源付近警報対象の近傍
導入先東海道・山陽新幹線
和歌山県津波防災システム
東北(盛岡以南)・上越・長野行き新幹線
東京地下鉄等

今回の新潟県中越地震時の効果

震源域での強い地震動に晒されても何の異常も生じさせないために、コンパクトユレダスが設置されているわけではありません。発生するかもしれない災害を最小限にする可能性に期待して早期検知システムは設置されています。防災の基本は施設・機能の耐震強化にあり、早期検知システムはこれを前提に不測の事態にできるだけ対応しようとするものです。
今回の事象は、基本的には施設が十分な耐震性を持っていたことを示しており、これまでの防災対策の成果が功を奏したものと考えています。脱線現象の解明については、現場からさまざまな事実を蒐集した上で、専門家の手によって、信頼性の高い詳細な分析がなされるものと考えていますので、それを待ちたいと思います。
すなわち、今回のことを奇跡と言うかのような風潮もありますが、もしもこれを奇跡というのであれば、これまでに積み重ねてきた災害防止の努力があってこその奇跡です。防災に携わっている技術者は、努力もせずに僥倖で奇跡が起きたとは思っていないのではないでしょうか。さまざまなことを想定しながら、対策を考えています。もちろん対策の有効性としてはコストパフォーマンスが考慮されることになります。100%の安全というものが存在しない以上、確率で検討を進めるのが合理的で現実的です。

これから

2005年3月に、新世代の早期地震警報システムとしてFREQLが完成しました。機能としては以下のようになっています。
  1. ユレダスと同様に、P波を検知し当該地震の諸元を推定の上被害地域を予測して、P波検知後1秒で警報を発します。
  2. コンパクトユレダスのP波機能をさらに向上させ、P波を検知した後、地震動が危険だと判断されれば、直ちに警報を発します(1秒以内)。
  3. 地震動の大きさが、基準加速度以上になれば瞬時に警報を発します。
  4. 地震動の大きさが、基準震度以上になれば瞬時に警報を発します。
これは直下に発生した地震に対しても、迅速に警報を出すことができるように研究開発したコンパクトユレダスの機能(P波警報機能と加速度警報機能の併用:SDRの特許技術)をさらに強化したものです。FREQLはより確実で迅速な警報発令を可能にした上、さらに地震諸元推定機能を加えたもので、S波到達時などにもより高精度の地震諸元推定が行われ、地震後の復旧対策を支援します。
さらにFREQLの情報を受けたパソコン上の情報受信システムでは、震源からの地震波動(P波、S波)の広がりをリアルタイムにイメージできるように可視化するとともに、各地の震度を予想して、色別に表示します。いくつかの地点への波動の到達時間をカウントダウンするとともに、波動が到達したと考えられるところでは、それが震動終了までのカウントダウンに切り替わります。
FREQL導入の効果ですが、東北(盛岡以南)・上越新幹線・長野行新幹線では、すでにコンパクトユレダスが沿線に配置されているため、FREQLと置き換えることによる効果は、警報に関してはより確実なものになるということができます。また、発生した地震の諸元を速やかに把握できるため、たとえ、今回のように通信回線が途絶えたために気象庁などからの情報が入らなくなってしまっても、的確に地震後の対応を行うことができるようになります。つまり、復旧の迅速化においても大きな効果が得られます。なお、これらの新幹線の海岸線検知点にもコンパクトユレダスが導入されていますが、現在処理時間が3秒となっているため、FREQLを導入することで沿線地震計と同じ効果の他に、より迅速な警報も実現できます。
また既にユレダスが導入されている東海道・山陽新幹線についても、ユレダスをFREQLに置き換えることで警報を発令するまでの時間が3秒から1秒に短縮され、危険な中を列車が走行する可能性がより低くなります。
それ以外の、東海道山陽新幹線の沿線地震計や、盛岡以北の東北新幹線、秋田新幹線、山形新幹線などでは現状が加速度警報であるため、FREQLに置き換えることによって警報に関してだけでもかなり大きな効果が得られます。
また、最も最近開業した九州新幹線では気象庁と鉄道総研が共同開発したP波警報装置が導入されているということですが、後述する気象庁の緊急地震速報と同じシステムなので現行ユレダスよりも警報処理時間がかかっています。このため、FREQLやコンパクトユレダスを導入した方が警報発令が早くなり、より安全性が高まるものと考えられます。なお九州新幹線の沿線地震計はP波警報機能そのものが使われていないという報道(南日本放送,2004年10月25日)もあり、この場合は当然FREQLやコンパクトユレダスを導入することで安全性を向上させることができます。
なお、現在気象庁が試験運用を始めている緊急地震速報は報道によると最短で2秒から処理時間を1秒ずつ増加して警報処理をすることになっています。しかし実際の運用結果によると最大7秒以上の処理時間を必要としており、現行ユレダスよりもかなり遅いシステムになっています(報道発表資料,気象庁,平成16年8月6日)。
直下で発生した地震に対して、FREQL以上の警報システムは予知しかありませんが、実用的な地震予知は現状では不可能です。つまり現段階で地震時の安全性を確保するためにはFREQLを利用するのが最善の方法であると考えています。






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