常時微動を用いた振動特性の把握

2012.5.17 SDR
2012.6.6 改訂
2012.8.8 改訂


古代競技場コロッセオ(ローマ)の振動モード

<常時微動の実測に基づく現状把握例>

(株)システムアンドデータリサーチ
中村 豊

1.はじめに
ローマにある古代競技場コロッセオの振動特性を調査している。15年前にローマ大学の研究者とともにコロッセオなどの常時微動を計測している。近年、コロッセオの北側に新たな地下鉄の建設が予定されており、その影響を詳細にかつ定量的に把握するため、イタリアの研究者を中心に詳細な数値モデルに基づく検討が進められている。そこで、15年前に実施した常時微動の計測結果を分析し直して、実際の振動性状を、詳細に把握することを試みる。振動特性を把握しやすくするために、振動モードの連続描画を試験的に行った。今回は、主としてリング3とリング4の半径方向の振動を対象に検討を進める。


2.測定ポイントのまとめ
コロッセオ本体については、1997年11月に予備測定を実施し、1998年7月に本測定を実施した。 コロッセオは、中心部分がない円盤状のコンクリート基礎の上に全周を80本の柱で囲った地上5階地下1階のリング状構造物から成っている。アリーナ部分に接するリングから、約半分残っている最外側のリングまで4つのリングが確認される。この順番に1番(R1)から4番(R4)まで附番して、アリーナの地下部分の地盤とR1は予備測定で測定した。原則として柱5本毎に常時微動を計測した。1観測点では3方向の微動を同時に計測した。中心方向をXとし円周方向をY、上下方向をZとしている。また、2点を同時に測定して、位相を含めた検討ができるようにしている。

常時微動計測地点をFigure 1にまとめて示す。すべての計測地点を、当時撮影された写真をもとに再チェックした。この結果、R3#40の地上階の測定に関しては、写真が見当たらなかったので、その位置には?マークを付している。ここ測定では、1階部分(日本流にいえば2階)との同時測定が行われているが、ミスにより、地上部分については隣の地点を計測した可能性がある。しかし、間違っていたとしても、堅固な基礎上の近接した地点なので解析結果にはほとんど影響はない。




3.振動モードの表現
検討対象としたのは、ほぼリングとしての形状が保存されているリング(R3)とほぼ半分(柱番号で#25〜#60)が残っているリング(R4)で、いずれも半径方向である。

(1)リングR3
R3の1階と地上階で常時微動を同時測定した結果を用いて、半径方向に一様な単位入力があった場合の各測点の増幅倍率を算定した。全体としての振動モードを把握しやすくするため、振動数をスイープして概ね25Hzまでの各振動数での振幅形状を、位相も含めて連続的に表現してみた。入力の正負に対応する振幅を○●で示している。動画を止めて、各振動数での振動モードを確認することができるし、振動数を連続的に変化させてその振動モードの変化をみることにより、以下に例示するように、振動の全体的な傾向を容易に把握することができる。

0.88Hz付近では煉瓦で復元している部分(柱#70〜80付近)が揺れ始め、次に1Hzで最外周が残っている部分の東端の大きな三角定規のような形状の補強部分が揺れているのがわかる。すぐに反対側の補強部分付近が揺れ始め、最外周が残っている部分全体が揺れ始める(1.5Hz〜1.7Hz)。この後、しばらく静穏な周波数帯域が続き、2.5Hzから全体が揺れ始めるが、最外周が残っている部分が大きく揺れ始め、修復部分の周辺で位相が反転する。3Hz前後では最外周が残っている部分にいくつかの節が現れ、この部分の増幅倍率は相対的に小さくなる。3.3Hz付近では外壁が残っていない部分の中央#0付近が大きく揺れ、#60付近と交互に逆位相で揺れている。4.5Hz前後では、#70付近の増幅倍率が大きくなり、約4.7Hzで最大に達している。このとき最外周が残っていない部分では、概ね西側の増幅倍率が大きくなり、特に4.5Hzで#70付近(煉瓦修復部分とオリジナルの境界)が極めて大きな増幅を示している。この後、5Hz付近では東側(図の下側)が全体として大きく揺れ、西側には多くの節点があらわれている。5.4Hzでは、この節は全体に拡がり、複雑な振動形態となっている。5.7Hzでは#0付近(北側)で大きく揺れた後、比較的一様な振動モードに変化している。7Hz付近からは凱旋門に面した側(西側)が大きく揺れ始める。こちら側は地下鉄がコロッセオを掠めるように通っており、地下鉄の走行振動で卓越する高い振動数で大きくなる振動モードの存在は気にかかる。また、20Hz以上の高い振動数帯域では#0から#20の間の増幅倍率は相対的に小さくなるが、この部分の構造が相対的に健全であることを示しているのかもしれない。

(2)リングR4
R4については、残存状況により、地上階から4階(日本式では5階)まで計測している。その際、ふたつのフロアを同時に計測しており、垂直方向の振動モードも位相を含めた検討が可能である。そこで、平面的な振動モードに加えて、それぞれの柱番号に対応するところでの垂直方向のモードを併せて表示した。平面的なモード図には階層を色分けして表現している。

これによると、1Hz前後で残存部分の西端にあたる#25付近が大きく揺れる状態になり、次に1.3Hz前後で反対側の端にあたる#60付近が大きく揺れる。すぐに中央の高い部分が大きく揺れ始め、1.6Hz前後でピークに達する。この時、4階まで残存している#45付近、#40付近および#35付近の鉛直方向の揺れは微妙に異なっていて、興味深い。この後、鉛直方向にも平面内でも様々な節が発生・伝播する様子も明確に見てとれるが、非常に興味深い。
なお、#25付近の1Hzの振動は大きな層間変形角を発生させており、地震時には弱点箇所のひとつになると、想像される。2010年に再訪した際、この部分に身障者用のエレベータが設置されていた。振動モードの動画によれば、この付近だけが良く揺れる共振振動現象が20Hz前後でも認められており、機器の振動がどのような影響を及ぼすのか気に掛かるところである。

4.おわりに
振動モードは、基礎地盤や構造体の形状・剛度などの状況を反映しており、その状況を子細に観察検討することにより、さまざまな知見を得ることができる。振動モードを連続的に表現することで、対象の振動特性をより視覚的に、より詳細に把握することが可能になる。詳細な数値モデル解析の結果と併せることにより、様々な構造物の現状を微動計測によって詳細に把握できるようになる可能性がある。これによって、歴史的文化遺産の合理的な修復保存に関する新たな手法や知見が構築されるものと期待している。

なお、地震動の影響を半径方向のモードだけから考えるのは難しいが、地震力(慣性力)に対する変形は周波数が高くなればなるほど、その自乗に反比例して急速に変形は小さくなる。したがって、低い振動数で大きく増幅される部分が地震に対する弱点箇所と考えることができる。1Hzの振動では#25付近が弱点箇所のひとつになると思われる。


以上の観点から、層間変形角に注目して振動数毎の影響を視覚的に表現した動画も順次作成していく予定である。

以上


[戻る]

1991-2011 Copyright © System and Data Research Co.,Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.