京大防災研講演

情報通信技術を利用した今後の防災研究のあり方に関する検討会2006.6.22.
<京都大学防災研究所にて>


早期警報が災害軽減に役立った事例と今後の展開


中村 豊
株式会社システムアンドデータリサーチ
東工大・大学院総理工・連携教授
1.はじめに
 地震早期警報が一般に役立つものかどうか議論のあるところである。
 ここでは世界で初めて実用化され、15年近く唯一の実用P波警報システムとして実績を積んできた「ユレダス」(UrEDAS: Urgent Earthquake Detection and Alarm System、揺れ出す)をはじめとする地震動早期検知警報システムの動作事例を、実際に役立ったと考えられる例を含めていくつか示す。その上で、早期警報の有効性について検討し、今後の展開について考察してみたい。

2.ユレダスなどの動作事例
@兵庫県南部地震(M7.2、1995年1月17日、阪神淡路大震災)
 この地震は、山陽新幹線の沿線警報地震計がいち早く警報を出す位置関係で発生した。大阪付近を担当するユレダスのひとつ、御在所ユレダスはM7程度の地震発生を検知して、東海道新幹線は大阪付近で被災すると判断し、大阪地区に警報を発している。しかし、この警報は大阪地区には到達しなかった。地震直後に発生した停電で通信系統がダウンしたためである。もちろん停電に備えてUPSを設置していたが、バッテリーが劣化していたため、ほとんど機能しなかった。この地震では、沿線の警報地震計がいち早く警報を発している。震源との位置関係から、もし通信系統が正常に機能していても、沿線地震計の警報とほとんど同時であったろうと推測されている。つまり、この例では、通信ネットワークを利用した早期警報報より、警報対象のすぐ近くで警報するオンサイト警報の方が役立ったと考えられる。実際には、営業時間帯が始まる直前であり、走行中の新幹線列車はなかったので、走行状態の新幹線の安全確保に有効であったかどうかは不明である。軌道を支える構造物の被災状況をみると、もし、走行していたら、警報情報があっても大災害となっていたであろうことは、衆目の一致するところである。これを機に、新幹線構造物、特に高架橋の耐震強化が進められている。

A芸予地震(M6.4、2001年3月24日)
 この地震もまた、沿線警報地震計がいち早く警報を発する位置で発生した。営業時間帯であり、多くの走行中の新幹線列車が大きな地震動を受けている。軌道を支える高架橋も多少被災したが、大きく変状することはなく、脱線なども発生しなかった。沿線で観測された地震動が300Gal程度(震度5強)という強い地震動でありながら、東広島駅に向かって減速中であった「こだま642号」を除いて、乗員・乗客のほとんどは地震を感じていない。
 絶えず走行振動に曝されていると地震動を感知しにくくなること、高速走行列車には地震動がうまく伝わらないことなどを示唆している。前者は既往の地震でも確認されている。後者については整合する実験結果もあるが、だからといって、地震時も走らせ続ける方が安全だとはならない。走行列車の運動エネルギーは強大であり、それが破壊エネルギーに転じれば想像を絶する大災害となることは、ドイツ高速鉄道ICEの事故を見るまでもなく明らかである。
 したがって、運転士の鋭敏な感覚に頼ることなく自動的に列車を緊急停車させる必要がある。これは新幹線に警報システムが備えられている理由でもある。この例では、沿線警報地震計が列車にいち早く緊急ブレーキを掛けている。いずれの列車も脱線することがなかったが、地震警報の効果かどうか判別は難しい。むしろ300Gal程度では脱線しないことを示す事例とみた方がよい。いずれにせよ、構造物が耐震的であったことが災害防止に大きな効果があったのは明らかである。

B三陸南の地震(M7.0、2003年5月26日)
 この地震は海岸線に置かれたコンパクトユレダス(陸前高田検知点)のほぼ真下で発生したため、地震P波が地上に現れた瞬間にユレダスに捉えられている。3秒後には警報を発信し、直ちに緊急制動が掛かり始めている。この地震で高架橋の柱に比較的大きな被害が生じたが、被害地点付近の沿線警報地震計もP波警報を出している。72kmと深い地震だったため、海岸線で地震を検知し3秒後にP波警報を出した時間と、沿線で検知し1秒後にP波警報を出した時間の差はほとんどなかった。
 「気象庁の緊急地震速報」はこの時無かったが、もしこの地震を検知して情報を発信したとしても、処理に平均5.4秒、通信に2秒の時間がかかることになる。情報受信までには合計7秒以上かかることになり、沿線P波警報(オンサイト警報)よりも4秒以上遅れて情報を受信することになる。なお、この地震では、地震発生時、大きく揺れた地域ではほとんどの列車が駅に停車中か駅のすぐ近くを低速で走行中であった。このため、早期警報により直ちに停車できており、脱線などは生じなかったが、もし高架橋被災地域を高速で走行していたら脱線した可能性は否定できない。この場合には、早期警報の効果が具体的に確認できただろう。なお、この高架橋は補強されておらず、耐震性の不足が被災要因と考えられる。構造物を補強しておくことの重要性が改めて浮き彫りになったといえる。

C新潟県中越地震(M6.8、2004年10月23日)
 この地震では、ほぼ震源直上にコンパクトユレダス(上越新幹線新川口変電所)があり、P波検知後1秒で警報を発している。このため、脱線した「とき325号」にP波が到達してから0.6秒程度で警報を受け緊急制動が掛かり始めたと考えられる。大きく揺れ始めたのは、さらに2.5秒ほど経過してからである。P波を受けてからこの間150mほど走行したと考えられる。本格的な脱線が始まるのは、さらに70mほど進んだところである。
 地震直後の報道では、大きな地震動で「とき325号」は一気に脱線したとされていたが、公開資料を調査分析した結果によると、以下のようにして脱線した可能性が高い。すなわち、大きな相対変位が生じる箇所があり、そこを通過する時に次々に脱線し、最後尾車輌がその地点を通過する前に大きな地震動はおさまった。このため、少なくとも最後尾車輌は地震動では脱線しなかっただろう。しかし、地震後は脱線車体とレールが接触しながら走行するため、摩擦熱でレールが延び、絶縁継ぎ目付近でレールが盛り上がった。ここを通過する際、各車両はジャンプして20mほど先に落下した。最後尾車輌だけは後ろからの支えがないので、着地後バウンドして右側の排水路に落ち込んだ。この状態で600mほど滑走し停止した。
 警報が遅れれば、より多くの車輌が地震中に危険個所を通過するためより多くの車輌が脱線し、摩擦熱の問題も深刻化してレールは通過後に孕み出すのではなく、通過中にレールを巻き込みながら脱線転覆したかも知れない。一方、警報がより早く発せられていれば、大きな地震中に危険個所を通過する車輌が減るので、レールの延びも少なくなり、孕みだしたり盛り上がったりせず、軌道の損傷もわずかで済み長期間運休は避けられたかも知れない。新潟県中越地震は、早期警報による災害軽減効果が顕著に認められた始めての事例であると考えられる。もちろん、事前の構造物強化対策があればこそであるのはいうまでもない。
 なお、地震直後の報道などでは、運転士により非常ブレーキが操作され、コンパクトユレダスは間に合わなかったとされることがあった。しかし、運転士はコンパクトユレダスにより停電したのをみて地震に気付いており、非常ブレーキ操作は、コンパクトユレダスの警報で既に緊急制動が作動し始めた後のことである。
 余震が続く中で斜面崩壊現場から幼児を奇跡的に救出することに成功した東京消防庁のレスキュー部隊は、続発する余震の中でも安心して救出活動が行えるようなP波警報装置の必要性を痛感していた。地震後、重機が稼働しているような救出現場でも誤動作することなく機能するP波警報装置として、ユレダスおよびコンパクトユレダスの後継機として開発されていた「フレックル」(FREQL: Fast Response Equipment against Quake Load、振れッ来る)が見出された。フレックルは、警報の迅速性、小型で取り扱いやすいことなどの特長をもっているが、さらに隊員の意見を採り入れながら、大音響と回転灯などを組み合わせたP波警報機器「可搬型フレックル」として完成した。これは既にパキスタン地震後の救援活動などで活躍し、トルコなどにも持ち込まれたと聞いている。P波警報の新しい用途が開拓された訳であるが、訓練された隊員が活動する現場では、わずかな余裕時間も有効に利用できることを示している。

D宮城県沖地震(M7.2、2005年8月16日)
 この地震も海岸線コンパクトユレダス(金華山検知点)が海岸線に到達したP波をいち早く検知して3秒で警報を発している。
 この地震では「気象庁の緊急地震速報」が仙台に対して16秒の余裕時間を稼ぎだしたと、大きなニュースになった。しかし、コンパクトユレダスは「緊急地震速報」が発信されるよりも4秒程度も早く警報を発し、直ちに緊急制動を開始している。「緊急地震速報」が仙台にある受信機関のひとつに届くのはさらに2秒程度遅れ、もうひとつの受信機関には情報が到達しなかったと報道された。つまり、仙台においてせいぜい14秒の余裕時間(気象庁による)を稼いだだけである。
 これに対して、コンパクトユレダスを使った前線検知での余裕時間は仙台で22秒、廉価な警報地震計を使ったオンサイト警報でも仙台で14秒は稼げる。震源直上付近の牡鹿では「気象庁の緊急地震速報」は大きく揺れた後になるが、フレックルやコンパクトユレダスでは7-8秒の余裕時間を確保することができる。
 この地震の規模と発生位置、深さなどを勘案すると、被害は発生したとしても海岸線付近に限られる。海岸線付近に対しては、「気象庁の緊急地震速報」は全く余裕時間を稼ぎ出すことはできていない。一般に、M7程度の地震の被災地域には「緊急地震速報」は大きな揺れの後にしか来ないと思われる。
 なお、この地震では新幹線構造物にはなんらの被害も生じなかったが、架線切断事故が発生したため、長時間の運行阻害が生じてしまった。長周期震動で架線が共振してパンタグラフから外れたものが戻ってきてパンタグラフに衝突して切断されたものと推測される。P波警報によって緊急制動を掛けるだけでなく、今後はパンタグラフを下げて運行障碍を回避する工夫も必要となろう。

3.今後の展開
 以上、例示したように、鉄道の場合、軌道の上を列車が高速走行することで機能を発揮する訳であるから、軌道を支える施設が耐震的であっても、機能を発揮している状態では必ずしも耐震的とはいえない。機能を発揮している状態では耐震性が低下せざるを得ない設備・施設は、鉄道以外にも数多く考えられる。
 こうした設備・施設の地震時の安全性はどうすれば確保できるのだろうか。鉄道の場合には、できるだけ減速した状態にするのが一般に考えられる安全策である。防災情報を有効に利用するためには、警報時の状況によって防災行動を適切に変化させるのが合理的かもしれない。しかし、現実問題としては、地震発生時の状況はさまざまであり、地震災害が極めて短い時間内で生じることを考えれば、例外はあるとしても、警報とともに動いているものをできるだけ早く止めることがはやり一般的な対応だろう。この場合、地震動到来までの時間や予測される震度などの情報はほとんど意味を持たない。防災行動をトリガーするためには、できるだけ迅速な警報のみが重要である。一方、震源情報や地震動情報は、地震後の迅速な対応に必要となるもので、正確で詳細なものであることが望ましい。
 より効果的な地震防災対策としては、例えば、脱線には脱線防止工を施工するなど、さまざまな災害を想定して、機能不全を防止するハード的な対策を施す方が現実的で確実である。結局、早期検知情報は、あくまでも不測の事態などハード的な防災対策を補う補助的なものであるとの認識をしっかりと持った上で、各自が早期情報を有効に活かす方法を日頃から考え、訓練しておくことが重要となる。
 ただし、早期警報といえども、必ずしも計測機器に頼る必要はない。最初にP波がやってくる地震動の特性を考えれば、地震動を感じればすぐに防災行動を起こし、地震後、気象庁などから広報される正確で詳しい地震情報に基づいて、迅速に合理的に対応すればよい。ただ、このP波情報は微弱であったり、震動に曝されている場合など、感じにくかったり、感じられなかったりすることがある。このような場合に備えて、地震動を警報する機器を身辺に設置することが考えられる。その場合、警報対象の重要度によって、高度な機能をもつシステムから簡単な機能の装置まで、適当なものを選択することになろう。
 地震時には落ち着いて行動することが何よりも重要である。地震直後の震源や各地の震度情報などの防災上の意味を日頃からよく考え、地震時にとるべき防災行動をまとめておけば、身近にある警報装置の警報をトリガーにして必要な行動を、落ち着いてすばやくできるようになるだろう。
 地震のような広範囲に拡がる突発的な災害に対応するのに、中央から一元的に通達される情報に頼るのは危険である。気象庁の緊急地震速報のようにネットワークを介して伝達される情報は、大地震の異常事態の中では、基本的には不達の可能性があると考えておくのが無難である。むしろ、気象庁などは地震後直ちに正確で詳細な地震情報を広く放送することで地震への合理的な対処を自発的・自律的に始められるようにするべきであると考える。この場合、情報の発信源としては複数確保しておくのが望ましい。

4.まとめ
 これからのソフト的な地震防災対応は以下のようになると想定している。

@自前のオンサイト警報を中心に、自前や気象庁などのネットワーク地震情報も参考にしながら、地震時に落ち着いてすばやく所定の防災行動をとり、地震時の安全を確保する。
A地震終了後、気象庁などよりもたらされる当該地震の正確で詳細な地震情報に基づいて、地震の対応を迅速に合理的に行う。

 このためには、当該地震に関する正確で詳細な情報が地震後速やかに伝えられなければならない。現在、気象庁からは、分単位での地震発生時刻とともに、各地の震度や地震の規模などの震源情報が、地震後数分でもたらされる。しかし、震源位置が概ね10km単位でしか与えられておらず、被害地域を特定するにはぶれが大きすぎる。また、津波警報などが発令された場合など、テレビなどの画面は津波警報一色となり、その他の地震情報は隅の方に追いやられてしまう。地震後の対応を合理的で迅速なものにするには正確なマグニチュードと震源位置などの情報が震度などの情報とともに不可欠である。できるだけ迅速に、できれば地震後1,2分で、放送のような形式でデジタルデータとして正確で詳細な地震情報が一般配信できるように改善していただくことを関係者に望みたい。



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