- REPORT No.5 - 2011年東北地方太平洋沖地震に対する地震動を中心にした諸検討


SDR 報告20110711 発信


2011年東北地方太平洋沖地震に対する地震動を中心にした諸検討
地震動、警報発信状況、強震観測、気になる被害など


SDR/東京工業大学理工学研究科連携教授
中村 豊


目 次
 1.はじめに
 2.地震諸元
 3.震度ほか発現状況図
  (1)リアルタイム震度の時空分布
  (2)リアルタイム震度について
 4.地震動について
  (1)リアルタイム震度の空間分布と時系列変動
  (2)強震観測記録の問題点
 5.緊急地震速報、新幹線の早期警報とフレックル警報シミュレーション
  (1)緊急地震速報の発信と受信
  (2)緊急地震速報による新幹線の停止と携帯電話の緊急地震速報メール
  (3)緊急地震速報の高度利用施設での体験と帰宅難民の体験
  (4)東北新幹線の地震警報システムとその稼働状況
    1)概要
    2)東北新幹線の地震警報システム
    3)気象庁の早期警報システムとJRでの運用結果
    4)3.11地震時の東北新幹線運行状況
    5)新幹線の地震警報システムの動作状況
    6)台湾新幹線の40Gal警報システム
    7)東北新幹線の地震被害
 6.津波警報
  (1)津波災害
  (2)驚きと疑問
  (3)津波警報の問題点と気象庁改革の必要性
 7.おわりに



1.はじめに

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震によってもたらされた地震動は、何度も襲来する大震動、異様に長い継続時間、徐々に増大する地震動などなど、それまでのものとはかなり異なっています。ここでは、この地震に対する警報の類の時系列を各地の震度変化グラフの上に示し、関連する事柄について検討を加えました。
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2.地震諸元

本地震の気象庁と米国地質調査所USGSによる推定諸元を表1に示します。気象庁によれば、破壊開始点である震源は牡鹿半島先端の東方約120kmの深さ約24km付近にあります。

表1 各機関による地震諸元の推定
 
推定機関名震源時地震震央位置 震源深さ
2011年3月11日規模北緯(度)東経(度)km
気象庁最終14時46分18.1秒(JST)Mw9.038.103142.86024
気象庁当初14時46分頃(JST)Mjma7.938.0142.910
USGS05時46分23秒(UTC)Mw9.038.322142.36932

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3.震度ほか発現状況図

(1)リアルタイム震度の時空分布
図1は、K-NETなどの強震動波形を用いて算定した各地のリアルタイム震度の変動を表したもので、横軸は震央距離差、縦軸は2011年3月11日14時46分26秒(最初に地震を検知したK-NET牡鹿の記録波形のスタート時刻)からの経過秒数を示しています。震央距離差は、気象庁の当初震央を基に算定した各地の震央距離から牡鹿半島のK-NET牡鹿観測点(MYG011)付近の震央距離127kmを差し引いたもので、牡鹿から北側を+、南側を−の符号を付けて表示しました。色分けされた丸印は凡例に示すようにリアルタイム震度の大きさまたはピークや最大値の発現時を示しています。この図の上の部分には各地のリアルタイム震度の最大値分布を示します。

図1 2011年東北地方太平洋沖地震の各地でのP波到来時刻、ピーク震度ほかの発現時刻

丸で囲んだ数字(@からC)は、一般向けに緊急地震速報が発令@された時間(14:46:49<23>、以下<>内の数字は2011年3月11日14時46分26秒からの経過秒数を示す)から約60秒後までに発令した気象庁の緊急地震速報(高度利用者向け)の内、「震度3から4程度」以上が予測される地域が拡大するごとに、その地域を発信時間とともに示したもので、気象庁発表の資料に基づいています。一般向け緊急地震速報発信は気象庁発表第4報であり、これが@に対応します。なお、一般向け緊急地震速報はひとつの地震で原則として一回だけしか発令されません。以後A、BおよびCは、気象庁発表のそれぞれ第7報、第10報および第12報に対応します。また、緊急地震速報がNHKのアナログ放送画面で確認された時間(14:46:54<28>)や画面から消えた時間(14:48:43<137>)も示しました。さらに、NHK放送画面上での大津波警報発令が確認された時刻(14:50:12<226>)、これに関する緊急警報放送(いわゆるピロピロ音)を受信した時間(14:50:15<229>)も示しています。なお、新聞報道などに基づいて、新幹線の早期警報発信時(14:47:03<37>)などについても記しました。これらと比較するため、フレックル警報のシミュレーション結果(例えば、K-NET観測点を用いた場合の最速警報時間は、MYG006北上で14:46:46<20>)も示しています。

なお、図1は、SDR Report No.3の図7に示した緊急地震速報の発令地域などの誤りを修正した上で、NHKによる気象庁の緊急地震速報や大津波警報の放送開始時間や緊急警報放送の開始時間、さらには東北新幹線の早期警報時間などを書き加えたものです。 以下、いくつかの興味ある項目について、この図を中心に議論します。

(2)リアルタイム震度について
リアルタイム震度とは、1998年に提案した新しい地震動指標の特性を調べた上で、2003年に再定義して命名したものであり、SDR独自の指標です(特許第3764943号)が、学会などでも引用されるなど国際的に認知されています。単位質量あたりに作用する地震動のパワー(加速度ベクトルと速度ベクトルの内積)の常用対数に定数を加えたもので定義されています。60秒間の記録波形を人工的に加工する必要のある計測震度(気象庁告示第4号)とは異なり、物理的に意味がありリアルタイムに算定することができる上、その最大値は計測震度とほぼ一致するという特性を有しています。
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4.地震動について

(1)リアルタイム震度の空間分布と時系列変動
まず、図1の一番上に示したリアルタイム震度の最大値分布を見ると、南側の震央距離差150km付近と北側の震央距離差50km付近にピークが認められ、全体的にやや南側に偏った分布を示し、南部の関東では東北地方北部より大きな震度となっています。

時間的な変動を見ると、東北北部では各震度の発現時間は大まかに震央距離差に比例して遅くなっており、最大動発現時刻も遠くなるほど遅くなっています。これに対して、関東ではやや異なる様相を呈しています。すなわち、P波は早く到達しているものの、震度2を越える辺りから次第に発現時刻が遅くなっており、最大震度に達するのはかなり後になってからです。また、南側の震央距離差100km付近で最大震度発現時に明瞭な不連続が認められます。関東では最初の震源に対応すると思われる震度ピークが明瞭ではなく、ほとんど認識できません。最大震度の発現がかなり遅いのはこのためと思われます。全般的に継続時間は異様に長くなっています。震度4以上の継続時間は、北側の震央距離差100km以上の地域では1分半から2分超程度、南北の震央距離差100kmに挟まれる仙台を中心にした地域では概ね2分半以上、それより南側のここで示した範囲では3分から3分半に達しています。人が感知できる震度は概ね1以上ですが、そのような微弱な震動以下に減衰するまでにはさらに長い時間を要しています。

仙台を中心にした地域(概ね福島から盛岡)ではリアルタイム震度の消長に、明瞭なふたつのピークが現れています。その時間間隔は、中心付近の牡鹿半島で50秒程度、南側で45秒程度、北側で35秒程度となっています。また、最大になるのは、概ね二番目のピークですが、最初のピークであることもあります。これらは最初の震源と次の震源の位置関係や大小関係を反映しているものと考えられます。これらから二番目の破壊は、最初の破壊開始点の北側に位置しているようにもみえますが明瞭ではありません。

リアルタイム震度を用いて波動の伝播状況を視覚的に判りやすく示した動画(右図)を見ると、主な破壊は少なくとも3個あり、最初の破壊は開始点(震源)からやや北方に進み、2番目の破壊はそれから約50秒後に最初の震源のやや南の仙台沖で始まり、さらに約50秒後の最後の破壊は福島県の沖合海底下で発生して南側の千葉方面に破壊が進んでいるように見えます。この結果、北部には3番目の破壊の影響は少なく、関東地方にはこれらの破壊が後になるほど大きな影響を与えた結果、地震動は徐々に大きくなり、大きな地震動が3分以上継続する事態となったものと推測されます。

以上述べたことを、さらに明確にするため、ほぼ直線上に並んだK-NET測点のリアルタイム震度のペーストアップ図を作成してみました。これが図2で、SDR Report No.3の図6と同様の意味を持ち、走時曲線のピークに対応する緯度が判りやすく表現されているという意味では、改良版とも言えます。その縦軸は、各地点の北緯(表示単位:度)にリアルタイム震度×0.15を加えたものです。リアルタイム震度の変化がレリーフ(浮き彫り)のように表現されています。波動の到来がレリーフのエッジ(赤)であり、いくつかの位相が連なる山(黄緑)や谷(ピンク)として確認できます。これによると、走時曲線として認識できるラインは4組あり、黄緑のラインは概ね震度5程度のラインですから黄緑の双曲線の頂点付近の実際の緯度は、頂点付近に対応する縦軸の数字から0.8程度(=5×0.15)差し引いたものになります。すなわち最初の震源は北緯39度(大船渡沖)付近、2番目の震源はそれから45秒後で北緯38.2度(仙台沖)付近、3番目はさらに24秒後で北緯37度(いわき沖)付近、最後はさらに15秒後で北緯36.7度(高萩沖)付近となっています。この図では、主な破壊がどの辺りで起きたのかを大まかながら把握することができます。

図2 リアルタイム震度の南北線に沿ったペーストアップ図(縦軸:緯度+0.15×リアルタイム震度)

(2)強震観測記録の問題点
今回震度7(リアルタイム震度6.6)が記録されたK-NET築館MYG004の記録波形を見ると、図3に示すNS-UD平面での加速度軌跡が8の字を描く(約4-6Hzの振動数)など特異なものになっています。最大加速度付近1秒間は特に異常で、二回積分した変位軌跡(図4、約4Hz)から判断すると、強震計の基礎ブロックが踊っているものと推測されます。したがって、3.11地震の最高震度とされている築館の記録は、そのままでは周辺の被害状況と比較できません。「2008年岩手・宮城内陸地震のKiK-net IWTH25観測記録にみられる超大加速度波形を再現する現実的モデル(大町達夫ほか:2008年岩手・宮城内陸地震のKiK-net一関西における大加速度記録の成因の推定,日本地震工学会論文集 第11巻,第1号,2011)にもあるように、KiK-netやK-NETの記録には、観測小屋や地震計基礎など、観測環境損傷の影響が強く反映される場合があると考えられます。このような問題は、大きな記録が得られるようになってから特に顕著になってきたように思います。観測小屋を含めた強震観測環境がどのような動的な特性を持っているのか、きちんと把握する時期に来たのかも知れません。防災科研で保有する大型震動台を使って、気象庁や大学などとも共同して、現在の強震観測環境の問題点を把握した上で適切な改善を実施することを望みます。また、これまでの記録波形を適切に補正するためにも、入力の大きさとともに変化する観測系の動特性を明示的に示して欲しいものです。強震観測データの信頼性にかかわる問題で基本的ですが非常に重要な仕事です。
図3 MYG004築館の3.11地震のNS-UD面内の加速度軌跡図(単位:Gal)


図4 MYG004築館の3.11地震のNS-UD面内の変位軌跡図(95秒から96秒の1秒間、単位cm)

また、図5に示すようにK-NET仙台観測点(MYG013)の波形は最初のピーク付近で基礎地盤が液状化した際の特徴的な加速度波形の形状を示しています。強震波形には断層破壊過程や表層地盤の増幅特性などの情報が含まれていますが、観測系特有の震動や観測系損傷の影響も含まれていることがあります。強震波形の詳細な波形分析を行う際には、記録上の留意点などを的確に把握しておくことが重要となります。

図5 MYG013仙台の3.11地震の加速度波形
57秒付近で振幅が急に小さくなり、波形の山谷にパルスが重畳する特徴的な波形となっています。
第2震ではほぼ始めから同様の波形となっています。

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5.緊急地震速報、新幹線の早期警報とフレックル警報シミュレーション
(1)緊急地震速報の発信と受信
緊急地震速報の一般向けは、5弱以上の最大震度が予想される地震で予測震度4以上の地域に対して、NHKなどの放送や携帯電話を通じて原則として一回だけ通報されます。図6にNHKのアナログTV画面に地震時の様子を、アッコ(AcCo)の警報表示のK-NET記録を用いたシミュレーション結果とともに示します。NHKテレビの全国放送では、画面上に発令地域は示されているものの、発令地域に関係なく全国一斉に放送されます。これに対して、携帯電話の場合、発令地域を特定して発信(エリアメール)されます。3.11地震の場合、緊急地震速報が発令された地域は図1に示した警報エリア@の宮城県全域、岩手県全域、福島県浜通り・中通り、秋田県内陸南部および山形県最上・村上となっていました。これらの地域のうち、宮城、岩手、福島についてはほぼ震度5弱以上が観測されています。このほか青森県の一部、茨城、千葉および東京湾岸一帯の広い地域で震度5弱以上が観測されています。つまり警報の出し方は適切ではありませんでした。これは予測震度がかなり過小評価であったためであり、このような予測震度では、必要な地域に必要な警報が伝達されていないばかりではなく、地震後の対応を迅速に合理的に行うことができません。一方、震央に近い地域であっても、震央距離は120km以上あり、いわゆる初期微動継続時間は15秒以上が見込まれます。さらに今回の地震は徐々に大きくなっており、普通に人が地震に気づいてから大きな揺れに見舞われるまでにはかなりの先行時間がありました。このためか、今回の地震においても、緊急地震速報が役立ったという具体的な事例は報告されていないようです。

図6 3.11地震時のNHKのアナログTV画面の様子とAcCo地震計の警報表示状況シミュレーション

緊急地震速報の発信から受信までのタイムラグも無視できません。NHKテレビ(アナログ放送)の場合、気象庁の発信からNHKのアナログTV画面表示までのタイムラグは、図に示すように概ね5秒となっていました。デジタルTVの場合はさらに遅れるといわれています。携帯電話への通報に関して、発信から受信までのタイムラグは最短で数秒といわれていますが、仙台ではauで5秒程度、ドコモで10秒程度を要したようです。おそらく他も大きくは違わなかったと推測されます。

緊急地震速報が発信された瞬間に受信したとしても震源が余程深くない限り震央から30km〜50kmの地域では大きな揺れに先行できないことは既にわかっています。これに、伝達時間(5秒〜10秒)を勘定に入れると、M7クラスの被害域30km程度をはるかに超える概ね50km〜100kmの地域では、大きな揺れに先行して緊急地震速報を受信することはできないことになります。これより外側でも被害を受けるような地震は、今回のような巨大地震だけなのです。

つまり、緊急地震速報は被害地域が100kmを超すような巨大地震の場合に100km以遠の地域にだけ、揺れに先行できるのであり、NHKの全国放送でこれを通報するのは意味があるかも知れません。しかし、これだけ離れていると、オンサイト警報でも大きな揺れに12秒以上先行することができます。一方、緊急地震速報は、震央から50km以内には間に合わないので、M7クラスの地震ではまったく意味がありません。したがって、緊急地震速報の受信装置を地方の民間放送局にも強制的に設置させようとしている総務省は防災上意味のない支出をせまっていることになります。また、緊急地震速報に伴う予測震度は地震後の緊急対応に利用できるほどの精度を持っていません。地震後の対応をも考えた場合、緊急地震速報の受信器を設置するのではなく、実際に早期警報できるとともにリアルタイムに震度情報を発信できる地震計を設置して、その情報を直ちに放送できる体制を整えることが大事です。

高度利用者向け緊急地震速報は、推定震度が設定値(気象庁は4以上を推奨していますが、後述するように3に設定されたところもある)を越えれば通報され、構内放送設備などを用いてアナウンスされます。こうした高度利用者向けは専用線を用いているだけに、発信から受信までの時間は短いはずです。しかし、この場合でもM7クラスの被害域には大きな揺れに先行できません。このような緊急地震速報でも、被害がないような震央から遠く離れた地域では揺れに先行することを体感できる場合が少なくありません。このため、被害が生じるような地域にも揺れに先行して通報されるものと多くの人が誤解しているようです。この状態では、過度の期待のため実施すべき防災対策がおろそかになり、不用意に被災してしまうことにもなりかねません。

(2)緊急地震速報による新幹線の停止と携帯電話の緊急地震速報メール
3.11地震とは関係ありませんが、緊急地震速報によって東海道新幹線が緊急停止したと思われる事例があったので、ここに紹介しておきます。なお、この緊急地震速報は3.11地震後、顕著に増加した誤報のひとつです。

3月12日朝6時18分55.2秒の地震検知から45.7秒後の19分40.9秒に一般向け緊急地震速報が神奈川県などに対して発信されました。実際には非常に小さな規模の地震であり無感でした。ほぼ同時刻の6時19分頃に発生した長野県の地震M4.1を誤認したとしても神奈川ではほぼ無感であり、いずれにしても明らかな誤報です。この時、東海道新幹線が止まっていますが、このような地震で新幹線の警報システムが動作するとは考えられないので、緊急地震速報による停止と思われます。新横浜を出た博多行きのぞみ1号がこの地震で緊急停止する様子を記録したビデオがYouTubeで公開されています。9号車8番A席で記録された興味深い映像で、携帯電話群や新幹線システムを介して緊急地震速報が伝わる様子が分かるものとなっています。新横浜を出発したのぞみ1号は順調に滑り出し、9号車8番A席が、駅構内を抜けてしばらくしたところで、まずガクンと揺れています。その直後、室内照明が停電すると同時にあるひとつの携帯電話から緊急地震速報を知らせる特徴あるブザーが鳴り始めました。 その4秒後、別の携帯電話何台かが一斉に鳴り始めました。直前の揺れは分岐器通過時の震動と推測され、列車の位置が特定できます。ビデオ映像によると、緊急地震速報が鳴動し始める地点は新幹線発車後400m程度走行した地点です。それから24.5秒後に列車は停止しています。緊急地震速報の携帯電話ブザー音は通信会社によらず共通であり、鳴動開始時間の通信会社によるずれを把握することはできません。しかし、最初に鳴動し始めた携帯電話は一台で、二番目は複数台が同時に鳴動し始めたことから、二番目がドコモではないかと推測されます。前項の3.11地震時の状況と考え合わせると、携帯電話への緊急地震速報の通報には5秒〜10秒程度を要するものと考えられます。本件の場合、一般向けと高度利用者向けの第一報が同時に発信されたと考えられるので、新幹線変電所に緊急地震速報が通報されるのに要する伝達時間もまた携帯電話への最速通報とほぼ同じ5秒程度であったと推測されます。検知してから警報までは気象庁によると平均5.4秒を要しますが、これに5秒〜10秒を加えた約10秒〜15秒というのが、地震検知から携帯電話を経由して緊急地震速報を受信するまでに要する時間となります。主要動の伝播速度を4km/sと仮定すれば、検知された地震動は40km〜60km伝わっています。震源が10km〜20kmの深さであれば、気象庁の地震計がたとえ震央で地震動を検知した場合でも、速報は概ね震央距離(半径)50km〜60kmの円内には大きな揺れに先行できないことになります。ちなみにJR東日本の新幹線は緊急地震速報で停止するようにはなっていません。

(3)緊急地震速報の高度利用施設での体験と帰宅難民の体験
3.11地震当日の午後、東大駒場の生産技術研究所で2月に発生したニュージーランド地震の調査報告会が開催されていました。何人目かの講師が壇上に上がり話し始めた時に、館内放送で緊急地震速報が流れました。「緊急地震速報、あと40秒で地震が来ます、推定震度3」というものでした。これは図1のCに対応するものと考えられ、その時刻は14:47:45に情報伝達時間数秒を加えたものです。その内容には全く緊迫感はなく、講師も緊急地震速報が出たから一応地震が収まるまで待ちましょう、と大勢の聴衆とともに揺れ始めるのを待っていました。「あと20秒で地震が来ます」と放送されたときには既に明らかに揺れ始めていました。じわじわと大きくなる揺れに少しずつ異常と不安を感じ、あまりに長い揺れに我慢しきれずに1人が立ち上がったのをきっかけに大勢の人がいっせいに立ち上がり、会場から外に出ました。揺れは数分継続しました。日本では地震のゆれは長くても1分と思い込んでいた私は大変なことが起きたと狼狽しました。結果的に揺れは震度5弱程度でしたが、震度3やあと40秒という言葉は、大した地震ではないと思わせるのに十分で、警報には不要な情報という印象が強く残りました。正常性バイアスの危険性を実感した次第です。

さらにこの日は帰宅困難者も経験しました。最初は何とか通じた携帯電話も通じなくなり、公衆電話に並んで必要な連絡をとりました。コンビニ近くの公衆電話にはコインが使えないものが結構あることに気付いたのもこの時です。以後、古いテレカを何枚か引っぱり出してカバンの隅に入れています。なんとか自宅なり会社に戻る術はないかと、運行が停止された鉄道の駅を中心にして、あちこち動き回りました。小学校では集団で迎えを待つ姿、親子など団体で帰宅する姿、コンビニから商品が消える様子、道路に車が溢れてくる様子、歩道が黙々と歩く人バスに並ぶ人で溢れていく様子、バスは来ても既に一杯で乗れないなど、通常の生活が、徐々に変化していく様子を観察することができ、非常に興味深かいものでした。特に17時過ぎには終業時間も絡んでいるのか急激に状況が悪化しました。暗くなり寒くなってきて、なす術もなく、19時過ぎには生産技術研究所に戻ったのですが、受け入れてくださった事務の方々、研究室の方々の優しさが身に染みました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

首都圏では、地震の継続時間こそ長かったが、揺れはせいぜい震度5強程度であり、鉄道施設の損傷は極めて限定されるかほとんどないと予測される程度の地震動でした。にもかかわらず、首都圏では大きな混乱が生じました。首都圏のJRが早々に運行を放棄して、多くの駅から旅客を閉め出したのは、この混乱に拍車をかけました。どのような経緯でそうした事態に到ったのか、地震時と地震後のJR社員の動きを含めて検証を行った上で、改善すべき問題点、これからも陥りやすい問題点などを明らかにした上で、的確に対処していただきたいと思います。JR以外の首都圏の交通機関は、それぞれに運行回復に努力した結果、初めての事態を何とか乗り切ることができました。今後も大規模地震の発生が懸念される中、混乱をできるだけ少なくするためにも、さらなる問題点の抽出と解決に努力していただければありがたいと思います。運転再開には、安全確認がなにより重要で、地震後の状況を迅速に把握することが必要となります。日頃から相対的な弱点箇所を把握しておき、アクセスしやすい弱点箇所を見回りながら対応を柔軟に変化させるなどして、的確かつ迅速に現状を把握していくことが大切です。今後は、被害が生じない程度の地震に迅速に対処することはもちろんのこと、さらに施設が被災する事態も考慮して、より的確な震後対応策を構築していくことが望まれます。

(4)東北新幹線の地震警報システムとその稼働状況
1)概要
3.11地震時の東北新幹線などの地震警報システムの働きを説明する講演や報道では、新潟県中越地震の新幹線初の脱線事故を教訓にした新たな地震対策の一環としての早期警報システムの機能向上策を説明した後、3.11地震時の警報システム動作状況が説明されています。しかし、不思議なことに3.11地震ではこの新しい早期警報システムが機能していませんが、このことを積極的にきちんと説明したものはほとんどありません。このため、新たに設置した早期警報システムが想定通りに動作して新幹線は安全に停止したと誤解している人が多いのです。発表された動作状況を見ると、実際には、新潟県中越地震以後更新したとされる早期検知システムは機能せず、警報発信は東北新幹線開業当初の警報システムと比べても大幅に遅れています。ここでは、新潟県中越地震後に行われたとされる早期警報システムの機能向上という地震対策の問題点を明らかにすることからはじめます。

JR東日本のホームページなどによると、新潟県中越地震で新幹線が脱線した事故を受けて、地震対策の向上を図るため、以下の諸施策を実施したとされています。
 @早期警報装置の機能向上
 A車輌側での脱線対策
 B高架橋の柱をせん断破壊が先行しないように補強
以下、@について解説します。

2)東北新幹線の地震警報システム
東北新幹線開業と同時に、太平洋の海岸線から離れた海底下で発生する大地震に対処するため、海岸線に80km-100kmの間隔で地震検知点を設置して、発生する大地震をいち早く検知して警報するシステムが稼働し始めました(図7)。大きな揺れが新幹線のところに届くまでにブレーキを掛けるなどの対策を施して、地震時の走行安全性を確保するというものです。具体的には、新幹線沿線と同様40Galで地震を検知して、検知した地域で過去最大級の地震が発生したものとしてあらかじめ想定されたエリアに警報を発するというものでした。その後、1997年から設置され始めたコンパクトユレダスのP波警報機能が1998年9月から運用され始めました。コンパクトユレダスは、P波検知後、沿線は1秒で、海岸線は3秒で警報発信するように設定されました。コンパクトユレダスが運用開始された時も、それまで使われた加速度警報機能はバックアップ機能として温存され、その警報トリガーレベルは、沿線では40Gal、海岸線では120Gal(いずれも5HzPGA)に設定されました。

図7 東北新幹線の海岸線検知システム: 八ヶ所の早期検知用検知点と地震時の制御方法

2004年の新潟県中越地震時には、阪神大震災の経験を踏まえて開発された、当時最速警報を誇るコンパクトユレダスが運用されていました。そして直下で発生した地震に対して、期待通りP波検知後1秒で警報を発して変電所を停電させました。これにより、列車へのき電が止まり、走行中の列車には自動的に非常ブレーキがかかりました。大きく揺れるまでに3秒を越える程度の時間しかありませんでしたが、迅速なブレーキ作動が奏功して、最終的に脱線したものの合計154人の乗員乗客は怪我もなく無事でした。つまりコンパクトユレダスは直下地震特有の激しい揺れの直前に期待通り警報を発信して旅客の安全を確保するのに成功したのです(参照:論文集-新潟県中越地震関連)。このコンパクトユレダスは、SDR社の製品を除けば、現在でも世界最速の警報システムです。

3)気象庁の早期警報システムとJRでの運用結果
この頃、気象庁による早期警報システムの完成が喧伝され、JRも全面的な採用に踏み切りました。気象庁システムの警報処理時間は、最短2秒、平均5.4秒であったため、沿線用のコンパクトユレダスより1秒以上、平均的には4秒〜5秒遅くなると予測されます。このため、地震計の設置間隔をそれまでの約20km間隔を半分の約10km間隔にして、地震検知時間を短縮しようとしていますが、その効果は最大でも約1秒であり、全体としては従来よりも確実に遅くなります。従来の海岸線用の警報処理時間は3秒に設定されており、これを最短2秒平均5.4秒の気象庁方式システムに替えると、性能上は最短で1秒早くなるものの、平均的には2.4秒遅くなります。このように、警報までの時間を短縮するための改良との報道が間違っていることについては、マスコミなどには当時から指摘していましたが、取り上げるところはありませんでした。

この気象庁方式のシステムが新幹線で機能し始めたのは、2006年の能登半島沖地震の前くらいからですが、システムが動作するたびに、SDRでは報道などで公開される情報などを基にシステムの動作状況を検証してホームページなどで報告しています(参照:論文集)。検証の結果、警報発令は予想どおり遅くなっています。また、少なくとも7年前までは、過剰な警報をできるだけ排除し適正な範囲にのみ的確な警報を発信することに腐心していたのですが、能登半島地震の前くらいから警報範囲はいつも最大の全線に及んでいます。無用の混乱を引き起こすおそれがある安易な警報発信体制に替わってしまっているのには驚かされました。こうした状況下で今回の地震が発生しました。以下の動作状況は、これまでに公表された報道資料や情報を元に、私なりの知見を加えて修正・整理したものです。

4)3.11地震時の東北新幹線運行状況
まず、JR東日本によると、東北新幹線に関係したいわゆる新幹線では27本が営業運転中であり、うち8本が駅に停車中でした。停車中とは、地震発生時に、駅に向かって減速していたものや駅から発車した直後を含めていると思われますが、時刻表などにより推定したこれらの列車の位置と、報道などで判明した地震発生時の走行速度や停止位置などを図8に示します。これらの営業列車の他に、利府車両基地で検査を終えた試運転列車(10両編成)が低速で仙台駅に向かっていましたが、先頭が仙台駅の手前900mの地点に前から4両目の前部台車2軸が脱線した状態で止まっています(写真1)。なお、運輸安全委員会の鉄道事故インフォーメーションによれば、当該列車の運転士は仙台駅に進入中、「強い揺れを感じると同時に車内停止信号を受信したため、直ちに非常ブレーキにより停止した」。このほかは、仙台−福島周辺の高速走行中の列車を含めて、いずれも大きな地震動に見舞われる前に非常ブレーキが作動し始め、脱線することなく正常に停車したとされています。

図8 3.11地震時の東北新幹線関連営業列車27本の位置ほか

写真1 脱線した試運転列車:
10両編成、前から4両目、前部台車の2軸が左側に脱線、国労HPより

5)新幹線の地震警報システムの動作状況
気象庁やJRで最初に地震を検知した観測点などの位置を図9に示します。これには仙台を中心にした範囲を示しており、主な観測点と観測地震動の大きさも図示しました。地震動の発現状況については、図1をご参照ください。

図9 3.11地震時の仙台周辺の状況

報道などによると、警報システムの動作状況は次のように整理されます。
牡鹿半島に設置されている海岸線検知点(金華山検知点)が、14:47:03に120Gal(5HzPGA)の強い加速度を検知したため警報を発信。この警報は2秒の伝達時間を経て沿線の古川変電所を始めとする変電所に伝わり、き電を停止。この停電を検知して、1秒後に関係する新幹線列車の非常ブレーキが自動的に作動。K-NETのデータによると、仙台駅の北方15km付近のトンネル内を265km/hで高速走行中のやまびこ61号は、K-NET古川観測点(MYG006)の地震計が40Gal(5HzPGA)を検知するのとほぼ同時に非常ブレーキが作動し始めたことになります。

図1には、金華山検知点が警報を発信した時刻(14:47:03<37>、120Gal(5HzPGAl)時点)を書き込んでいます。これは牡鹿半島に最初の地震動のピークが襲来した時点であり、警報時点としてはかなり遅いものです。ここから沿線近くのK-NET仙台MYG013とK-NET古川MYG006が40Gal(5HzPGA)を越えるのは、それぞれ、14:47:06<40>と14:47:07<41>であり、金華山の警報から3〜4秒しかありません。一方、金華山検知点(ここに近いK-NET牡鹿観測点(MYG011)で代用する)で開業当初と同じ40Gal警報を発したとすると、その警報は現状より4秒程度先行することになります。また、新潟県中越地震の時と同じコンパクトユレダスが稼働していたとすると、現状より15秒程度先行して警報を発したものと推測されます。今回は、遅い警報でも幸い営業列車が脱線するなどの事故にはなりませんでしたが、新潟県中越地震の時のような極限状態では、15秒の相違は極めて大きいものがあります。今回、気象庁方式の早期検知システムが全く機能しなかったのは大きな問題です。今後頻発が懸念されているM7クラスの直下地震の被害地域においては、もともと気象庁方式では先行時間を稼げません。役立つべきM8クラス以上の地震に対しては機能しないというのでは、その存在意義はありません。現在の新幹線は、沿線近傍で発生する被害地震に対しては、開業当初の40Gal警報だけが頼りということになります。

6)台湾新幹線の40Gal警報システム
台湾新幹線には、N700系が最高速度300km/hで運行されていますが、地震警報装置としては現在40Gal警報しか設備されていません。この状況で、2010年3月4日には50km程離れた地点でM6.4の地震が発生し、その揺れで高速走行する先頭車の一軸が脱線する事態が発生しました。この地震に対して、沿線警報地震計が40Gal警報を発しましたが、脱線までの時間的な余裕はほとんどなかったと推察されます。この地震による地震警報をシミュレーションして警報から大きく揺れだすまでの時間をグラフ化したものが図10です。もし、オンサイトP波警報器(フレックル)があれば、現行より7秒ほど多く猶予時間を稼ぐことができたと推定され、脱線を回避できたかもしれません。さらに、震源域で地震発生を捉えるフロントP波警報システムがあれば、さらに8秒程度の猶予を生みだすことができ、走行安全性はかなり改善されるものと期待されます。なお、右に示した動画は、この地震の波動伝播状況をリアルタイム震度を使って示したものです。脱線箇所付近に大きな震度が集中しているように見えます。


図10 2010/03/04 台湾・甲仙地震M6.4のFREQL警報シミュレーション

7)東北新幹線の地震被害
東北新幹線の構造物群は、3.11地震の最初の破壊開始点からは200km以上離れています。太平洋沿岸に沿って横たわる約500km×200kmの震源域の境界付近からでも100km以上離れています。このように離れたところでは地震動に鋭さが無くなり、破壊力もかなり小さくなると推測されます。記録された強震動をみても、大きく鋭い動きを見せる直下の地震の場合とは明らかに異なる地震動となっています。それでも、新幹線構造物はかなりの損傷を受けてしまいました(図11、JR東日本報告書より)。近隣施設の被害状況と比較しても、新幹線施設の損傷は相対的に大きく、その要因を明確にした上で適切な対策をとる必要があります。中でも高速走行する新幹線にとって、電線を吊架する電柱の傾斜折損は、走行安全上の大きな問題です。図12に電柱折損・傾斜被害の例として、仙台―岩切間のものを示します。1993年7月の北海道南西沖地震の際にも海峡線高架橋の電柱が今回とほぼ同様に傾斜折損していました。この時の電柱の傾斜・折損の要因としては、微動測定の結果、電柱の固有振動数は概ね1.8Hzであり、地盤の固有振動数約1.7Hzとほぼ一致しており、両者の共振が指摘されています(中村ほか1993)。海峡線高架橋は新幹線仕様であり、電柱も東北新幹線と同じ方法で建て込まれています。これはやや特殊なものでその妥当性については当初から疑問でありますが、問題はなかったのでしょうか。海峡線の場合、3Hz前後と例外的に高い固有振動数となっていた電柱が被災していなかったことから、相対する上下線の電柱の頂部を連結して剛性を高めることで、耐震性を向上することを提案しています(中村ほか1993)。今回の被災地域にも頂部を連結した電柱はいくつか存在していますが、いずれも被災していません。なお、仙台駅を出て北東5km〜7.5kmの区間(利府車両基地から仙台駅よりの区間)でも激しい電柱の傾斜・折損が生じていますが、地震が発生する直前に試運転列車や「やまびこ61号」が通過しており、地震発生が数分早ければ大惨事になっていた可能性があります。そして電柱の傾斜・折損は、施設のハード的な対応でしか回避できない問題です。

図11 3.11地震による東北新幹線の被災状況(JR東日本調査報告書から)


図12 3.11地震による電柱の折損・傾斜の例:仙台-岩切間

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6.津波警報
(1)津波災害
3.11地震による津波災害のあまりの甚大さに言葉を失いました。地震防災を考える上で、これまでに私が抱いていた日本における津波災害のイメージは、現実とは大きくかけ離れていました。多くの防災関係者が、現実に起こりえる災害を適切にイメージできていれば、なんらかの対応策を講じることができたと考えられるので、今回の大きな問題は(原発問題の引き金にもなった)津波災害を事前に適切にイメージできなかったことにある、と思います。現実問題として突きつけられた津波災害から復興するためにも、津波災害から逃れる手だてを適切に用意していくためにも、今回の災害を詳細に分析・認識し、的確な津波災害のイメージを構築するとともに、それらに対して適切に対応できる津波対策を確立しておく必要があります。

(2)驚きと疑問
津波襲来時の光景にはいくつもの驚きがありました。
○なぜあんなに簡単に家屋が流されたのだろうか。多くの家が流された中で一戸建ての木造家屋が流されずに残っているように見える映像があるが、なぜ流されなかったのだろうか。流されないヒントがあるのではないか。
○津波警報が出た後の港の様子についてNHKなどが報道しているが、以前は港から出て行く船舶がたくさんあったように記憶している。しかし、今回はそうした船舶はほとんどなかったようだが、なぜか。
○1983年の日本海中部地震のとき、100人以上の人々が海岸にいて津波で流されてしまった。この時、太平洋側ではこんなことにはならない、なぜなら、太平洋海底下で大きな地震が発生した時には、自発的にすぐさま高台に逃げることが習慣付けられているから、といわれていた。それから今日までの短い間にこの習慣はなくなってしまったのか。
○三陸地方では、人生に二度大きな津波を経験すると言い伝えられていることを3.11地震の後で知ったが、これはこの地方では今でも(3.11地震の直前まで)皆(特に若い世代)が知っていることだったのだろうか。

松島は湾内に数多くの島々が点在する景勝地ですが、この島々が津波のエネルギーを減殺したため、この地域では津波被害は小さかったといわれています。また、石巻市の東部に位置する入海である万石浦では津波被害は少なかったと言われています。これらの事実は、津波を完全に防ぎとどめる防潮堤の発想だけではなく、津波が想定より高かったとしてもうまくやり過ごしながら、そのエネルギーを効果的に減殺する発想も成り立つことを示唆しています。力で対抗する防潮堤にしても、無闇に抵抗するだけでは、想定外の力に対しては思わぬ災害を引き起こしかねません。これは地震力に対応する場合でも同じで、頑張りすぎると爆発的に破壊することがあり、思わぬ災害を引き起こします。コントロールできる内に望ましい壊れ方で壊すという発想が必要になるのではないでしょうか。これは阪神大震災の地震動被害状況をみて痛感したことですが、今回の津波災害をみて同じような思いに駆られました。津波災害に対してどんな制御が可能でしょうか。例えば、浮き桟橋などは津波対策のヒントになるのではないでしょうか。

明治や昭和の三陸津波災害では、高台避難以外の教訓はなかったのでしょうか。高台避難の重要性はいうまでもありませんが、高台避難できなかった人の対策が避難ビルというのでは少し芸がなさ過ぎます。どんな避難方法、やり過ごし方があり得るのか、もう少し多様な避難形態があってもいいのではないでしょうか。全く余裕のない非常事態から少しは余力のある状態まで、多様な状態に対応した軽便な方策も考えておかないといけないような気がします。

(3)津波警報の問題点と気象庁改革の必要性
今回の津波災害に関連して、気象庁による津波の大きさの予測精度やその出し方が問題とされ、気象庁が有識者を集めた委員会を設置して検討しています。しかし、この問題設定は適切なのでしょうか。今回の事例で言えば、気象庁の津波警報発信は14時49分ということなので非常に迅速だったということができます。大きな津波の襲来までには30分以上の時間があったのだし、大津波、つまり3m以上の津波、場所により6mという予測値は、後から見れば小さいのですが、普段の津波よりはるかに大きい異常な津波ということは認識できたのではないでしょうか。今回の津波警報の主な問題は、予測精度の問題ではないでしょう。情報の出し方の問題でも無いでしょう。阪神淡路大震災以後なし崩し的に変えられた津波警報の制度そのものにあるのではないでしょうか。

もちろん、予測精度や出し方にも問題がないわけではありません。正常性バイアスを刺激し易い表現だったため、防波堤は予測された津波の高さよりも高いので大丈夫だとか、万一逃げ遅れても、屋上に上がれば大丈夫だとか、すぐには避難しなくても良いさまざまな口実を与えてしまった可能性は否めません。襲来予測時刻に観測された津波が50cmであったということを繰り返して報道するのは、2波め、3波めなど後の津波の方が大きくなることがあるという、いつもの報道と矛盾するし、数日前の津波注意報の時と似た状況になってしまったことも報道の問題点として指摘できます。

しかし、より大きな問題点は、津波に関して伝承されてきたはずの地域の知恵が、ここ20〜30年ほどの間に何らかの理由で消滅していた可能性があることです。この間に、津波災害というものが、全面的に国家が対処すべき自然災害として取り扱われるようになっています。災害は自助努力が基本といいながら、中央主導による巨大な防潮堤の構築、地域の責任で出すことができた津波警報の気象庁への一本化による中央依存体質への変化または強化などの施策により、地方自治体から緊張感が喪失しています。これに伴って、多くの分野での津波災害に関する地域伝承や知恵・習慣の消滅など、地域のことは地域で対処するという基本的な姿勢が徐々に失われてきていたのではないでしょうか。この時期は気象庁のみが津波警報を出すようにし始めた時期と重なっています。

群馬大学の 片田 敏孝 教授のように、想定にとらわれない津波対処方法を小中学生に対して実践指導して、児童生徒のみならず多くの住民を救った例があります。これは自助努力の典型です。地域には地域の特性をもった学術研究機関、行政機関、産業、生活がある。地域の人が地域のために、力を合わせて産業の発展を促し、さまざまな災害に対応する工夫を行う重要性が見失われていたのではないでしょうか。

もちろん国家的な規模での対応が必要なものもあります。正確な地震観測も骨格部分としては国家規模のものが必要でしょう。しかし、その情報はリアルタイムに地域に渡すことが可能であり、地域の諸組織が地域の特性を活かして、その情報を処理加工して、防災に役立てることが可能です。各地域が競争で良いものを作っていくことも考えられます。

少なくとも日本のような社会では、気象庁のような権威機関だけに警報権限を委ねてしまうと、警報対象である地震や津波そのものに関しても、自分たち自身で対処する気概が徐々になくなっていくように思われます。このため、地域で継承すべき習慣や知識も次第に形骸化してしまいます。また、気象庁自身の技術的洗練も停滞してしまい、最先端どころか、常に周回遅れのような状況に陥ってしまうおそれがあります。今こそ、気象庁には地震観測の迅速さと正確さだけを求め、観測された情報に地域が主体的になって地域の特性を加味できるような体制に変える必要があると考えます。気象業務法の抜本改正をはじめ、気象庁や防災科学技術研究所などの諸機関に、エンジニアリングの素養のある(教育を受けた)職員がほとんどいないという現状を早急に是正すべきです。今後の気象・地象行政のあり方を徹底的に議論し改革すべき時にきていると思います。これまでのいきさつやしがらみに囚われない災害防止策を確立するためにも、様々な観測を人手に頼った時代の要員体制をやみくもに維持・確保しようとするのではなく、現在の日本の先端技術を有効に利用しながら、本当に必要な人員を必要な部署に割り当てられるような体制を構築すべきでしょう。

地震災害や津波災害は、特定の地域に壊滅的な被害を与えます。こうした壊滅的な被害を被った地域に対する災害救助や復興支援こそ国家の仕事と考えます。壊滅的な被害を受けた地域がどこなのかをいち早く特定して緊急救援隊を派遣し、地震後の復興には必要な資材や人材を集中投下して復興支援を国家的規模で行う必要があります。こうした支援をいち早く効率よく実施するための情報を提供する行政機関が、気象庁であり、防災科研であり、土木研究所、建築研究所や港湾航空研究所など、さまざまな国家機関ではないでしょうか。土木研究所などは実務的に多大の成果を上げていますが、特に気象庁については大幅な見直しが必要と考えます。内陸で発生した地震の場合、せまいながらも震源域では壊滅的な被害になることが予想されます。その場所の迅速な特定に必要不可欠な正確な地震諸元(本震、余震)を気象庁以外の機関が発表するのを規制していますが、気象庁からさまざまな形で正確な地震情報をすばやく配信する体制が確立していないし、確立しようともしていない現状(10kmもの誤差を含む速報値だけ)は大いに問題です。
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7.おわりに
3.11地震の地震動を中心に地震災害防止の観点から関心のある事柄について述べました。今後の様々な議論のきっかけとなれば幸いです。


以上



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