- REPORT No.3 - 2011/3/11 東北地方太平洋沖地震 (M9.0)

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2011/4/7脱稿:2011/6/13修正.SDR


2011年3月11日14時46分頃に発生した東北地方太平洋沖地震について


SDR/東京工大
中村 豊


今回の震災に遭われた方々に対して、心からお見舞い申し上げます。一刻も早く普段の生活を取り戻すことができますようにお祈り申し上げますとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


目次

1.はじめに
2.リアルタイム震度や5HzPGAでみた今回の地震動
3.緊急地震速報の動作状況
4.緊急地震速報の問題点
5.おわりに




1.はじめに

今回の地震はM9.0という日本史上最大の規模であり、予想をはるかに超える津波、二次的に発生した原子力発電所災害など、さまざまな不測の事態が生じています。未曾有の災害に遭遇して混乱を極めている現状を打破して、新たな体制に向けて立ち上がる必要があります。そのためには、まず、今回の地震で起きた事実関係を明確に把握することが必要です。そこで、今回の事態を把握するための基礎資料を作成するため、観測データなどを元に、何が起きたのか、事実関係はどうなっているのか、などについて分析を進めています。ここでは、公開された強震観測データなどを用いて、今回の地震動の実態や緊急地震速報について分析した結果を報告します。



2.リアルタイム震度や5HzPGAでみた今回の地震動

SDR社では、今回の地震の揺れ方、地震動の伝播の様子、各地の地震動の大きさ分布など、公開された強震観測データなどを元にして、計算シミュレーションなどではない実際の姿を、解りやすく図やアニメーションにして公開しています。特に地震動については、一般の方々にもなじみのある震度や、JRなど主に鉄道分野で使われ被害との相関が良い最大加速度である5HzPGAなどを使って、解りやすく表現することに努めています。

- REPORT No.1 - 2011/3/11 東北地方太平洋沖地震 (M9.0)

(1)5HzPGA
旧国鉄時代の1985年、地震警報のために用いる最大加速度の測定周波数範囲を0.2Hz〜5Hzに規定しました。この最大加速度を5HzPGAと呼んでいます。最近の加速度計測においては、測定周波数範囲が、高低の帯域ともに格段に拡がっています。低い振動数の加速度変動が最大加速度の値に大きな影響を与えることはまずありませんが、高い振動数の加速度波形は最大加速度の値をしばしば支配します。そのため、構造物の損傷などに関係しない高い周波数までを含めて最大加速度を求めると、いたずらに過大な値になり実際の被害状況をうまく説明できません。つまり、地震動による被害程度を見積もるための指標としては適切なものではなくなるのです。そこで、特に鉄道の土木構造物を念頭に置き、地震警報用に、周波数範囲を前述のように設定して最大加速度5HzPGAを水平2成分をベクトル合成して算出することとしました。もちろん、記録される加速度波形は、さまざまな解析に用いられることを考慮して、より広い周波数範囲を対象にしています。
(2)計測震度とリアルタイム震度
気象庁の計測震度は、以前の体感震度と同じような値が客観的に計測できるように考えだされたものです。曖昧な人の感覚で観測されていた体感震度を、違和感が少ない形で定量化(1990年頃、最終的には1996年の気象庁告示第4号)したことには敬意を表します。しかし、当初から指摘していたことですが、計測震度は、地震動の客観的な指標ですから、将来にわたって定義を改変しなくてもよいように、人工的な加工物ではなく、明確な物理的な背景をもったものにすべきです。現在の計測震度は、地震動の加速度波形に人工的な加工を施して得られるもので、物理的な意味が曖昧である上、地震が終わってからしか算定できないという欠点があります。一方、私は、地震動の持つ破壊的な能力を、リアルタイムに算定できる地震動のパワーを使って定義することを提案しています(中村、1998)。このとき同時に、提案した指標と計測震度との関係にも言及しています。2003年には、地震動のパワーを基に算定される震度を改めてリアルタイム震度と命名した上で、地震動のパワーという物理量を基に、明確に定義いたしました(中村、2003)。リアルタイム震度は、その定義をみてもわかるようにリアルタイムに算定でき、その最大値はほぼ計測震度に一致するという特徴をもっています。

(3)震度分布図と5HzPGA分布図
図1は、リアルタイム震度(最大値)の分布図を色分けして示したものです。リアルタイム震度は、独立行政法人防災科学技術研究所により観測・公開されている地震動加速度波形データを用いて算定しています。これによると、東北地方から関東地方にかけて太平洋沿岸を中心に、非常に広い範囲で震度6前後の強い地震動であったことがわかります。500km×200kmとされる巨大な断層に対応して、強震動領域もかなり広範囲にわたっています。各観測点でのリアルタイム震度(最大値)の数値を丸囲みで重ねて示したものが図2です。地域別の震度をより詳細に検討する際にはこちらをご利用ください。また、地震動のパワーを用いて震度を表現していますので、計測震度相当値への変換のみならず、世界的に標準的な震度として用いられている改正メルカリ震度(MMI)への変換も容易です。その妥当性についても、既往の研究成果との比較により、検証されています(中村、2003)。図3が改正メルカリ震度MMIの分布図です。リアルタイム震度値(RI)と改正メルカリ震度MMIの変換スケールを図4に示します。図5には5HzPGAの分布を色分けして示しています。
(4)リアルタイム震度の伝播
地震動の大きさを即時的にリアルタイム震度で表現できるという特徴を活かして、各瞬間の各地のリアルタイム震度分布を連ねていけば、波動の伝播をリアルタイム震度で表現できることになります。リアルタイム震度の計算は、地震動をサンプリングして計算器に取り込む時間間隔(1/100秒など)で実行されます。この結果から1秒毎に、各観測点での直前1秒間の最大値を拾い出して、1秒毎のリアルタイム震度分布図を描き、地震発生後250秒程度までの全260コマの画像を1コマ0.25秒でアニメーション化しました。

これをみると、まず破壊開始点である海底震源から地震波動が伝播し、陸地の観測点に到達している様子がうかがえます。上陸した地震動は、次第にその大きさを増していき、その最大震度フロントが内陸へ伝播しています。その後、仙台付近が、しばらくして福島沿岸が、再び大きな震度になり、それらの最大震度フロントがそれぞれ内陸に伝わっています。さらにしばらくして、茨城沿岸が大きな震度になり、その最大震度フロントが関東平野に伝播していく様子が確認できます。これらは、破壊開始後、大きな断層の中で大きな破壊が3〜4箇所で時間を置いて次々に発生し、それらから大きな地震動が伝播していることを示唆しています。こうした長時間にわたる断層破壊の結果、関東地方では震度がじわじわと時間をかけて大きくなり、かなり後になってから最大震度に達しています。その継続時間は3分を越え、異常に長い強震動継続時間となっています。場所によって震度5を越える関東地方の最大震度は、茨城沖の破壊に対応するものと思われます。今後、詳細な断層解析結果が多くの研究者から提示されると思いますが、その妥当性は、ここで示したリアルタイム震度伝播の観測結果によって、検証することができるものと期待されます。
(5)リアルタイム震度の時間変動
図6は、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県および千葉県にあるK-NET観測点のリアルタイム震度の時間変動を、震央距離に対応して示したものです。リアルタイム震度は、観測機器や環境条件にもよりますが、通常マイナスの数値で推移しており、地震動の到来とともに急激に増大する性質を持っています。ここでは震度0以上の部分を示しています。どの観測点の震度も同じスケールで描かれていますので、各地点での最大震度の大きさが把握でき、相互に比較することも可能です。リアルタイム震度の伝播アニメーションからわかるように断層の北部と南部で震度伝播の様子がかなり異なりますので、推定された破壊開始点を境にして北側と南側に分けて示しました。また、南側と北側が接して図示されるように、震央距離は、ここで用いているデータの最短震央距離127kmを差し引いた上で、北側を+で、南側を−で表現しています。これによると、破壊開始点の西方一帯の牡鹿半島を中心にした地域(福島から盛岡)では、主なピークはふたつあり、そのいずれかで最大震度6以上となっています。これらの地域の北方や南方では主なピークはひとつですが、北方では比較的早く最大震度に達しているのに対し、南方では長い時間を掛けて少しずつ震度が大きくなっています。地震動の継続時間は異常に長く、震度3以上が3分以上続いています。震央に近い仙台周辺地域では震度4以上の地震動が2分から3分継続しています。

図6 各地のリアルタイム震度の時間変動



3.緊急地震速報の動作状況

<一般向け発信は一回だけとのご指摘をいただき、(1)と(2)を訂正しました20011.6.13。また、より総合的な時系列変化状況を近日中に発表します。併せてご覧下さい。>
以前から指摘してきたとおり、緊急地震速報はM8クラス以上の大地震に対してのみ役に立つ可能性があります。今回の地震は、まさにこのケースです。ここでは、緊急地震速報がどのように発令されたのかを、気象庁や防災科研の公開データを元に分析してみます。その際、新幹線で使われた世界初の地震P波警報システムUrEDASの後継機種で世界最速警報を誇るFREQLなどの警報器による警報時間などとの比較も試みます。

(1)さまざまな事象の発現タイミング
図7は、図6のリアルタイム震度の時間変動図に示した68地点から、太平洋沿岸から遠く離れた地点など3地点を除いた65地点について、P波発現時、各震度到達時、ピーク時、最大時などを、観測点毎に読み取って、震央距離(図6で説明したもの)に対して示したものです。この図では、各震度に対応する時刻とピーク時刻を色分けして示しています。また、気象庁資料に基づいて緊急地震速報の一般向け発信時@と予測震度4以上のエリア(実際の発令対象地域は、岩手県と宮城県の全域のほか福島県・秋田県・山形県の一部ですが、図7上ではほとんど変わりません)を示すとともに、FREQL警報発信時のシミュレーション結果なども示しました。ここに示した@からDの囲み数字は、気象庁が発信した緊急地震速報の逐次情報のうち、予測震度4以上のエリアが拡大する毎に順番に附番したもので、それぞれ、※2、※7、※8、※9および※10に対応します。気象庁によると、緊急地震速報情報は、図示したもの以降も続いていますが、ここでは検知後65秒後までを示しました。なお、一般向けには、@の時点で概ね@の範囲に、一度だけ発信されています。したがって、震度5を越える地域であっても緊急地震速報が伝えられなかった地域が広範囲に存在しています。さらにこの図にはリアルタイム震度(最大値)の分布図も示しています。両図の間には下向きの矢印で代表的な地点が対応する位置を示し、地震時に皆さんが居た場所での状況が大まかに把握できるようにしました。ただし、必ずしも地点名に相当するデータが示されているわけではありませんのでご注意下さい。
(2)緊急地震速報やFREQL警報などの発令タイミング
図7によると、最初のFREQL警報は、緊急地震速報の一般向け発信時刻@より2.7秒ほど先行して発信されると推測されます。オンサイトFREQL警報と緊急地震速報を比較した場合、大きな揺れまでにはいずれも相当の余裕時間があり、早期警報としては両者に相違はないとみるのが妥当でしょう。NHKの総合放送では全国的に流れるので、@の時間に地震発生を知ることができていますが、@のエリア(岩手と宮城の全域、秋田・山形・福島の一部)以外は、大きな揺れであっても事前に速報はありません。M7クラスの甚大被害地域に相当する震央から30km〜50kmまでの地域には、もともと緊急地震速報は間に合いません。今回のような超巨大地震の際には、震央から離れた地域でもかなりの揺れになり、何らかの被害が生じる可能性があります。今回のような地震に対しても、適切に警報が出せない緊急地震速報には存在意義がありません。図7に示すとおり、@の震央距離が近い地域を除けば、オンサイトでのAcCoなどによる震度3以上(RI2.5以上)のトリガー警報でも、震度5以上の揺れの始まりまでには1分以上先行できることがわかります。今回のような、被害域においても緊急地震速報が大きな揺れに先行できると考えられる地震であっても、実際には、P波早期警報装置FREQLやリアルタイム震度警報器AcCoと同程度かやや長い程度の先行時間しか稼げておらず、緊急地震速報に大きなメリットは認められません。実際、仙台付近でも緊急地震速報がなくても、その数秒後には、地震P波の到来を知覚することができたと考えられ、次第に大きくなる地震動の中で適切に避難することが可能であったと推測されます。直下で発生する地震を含めて、M7クラス以下の地震では、被害域には緊急地震速報はほぼ間に合わないことが、これまでに実証されています。このことについては気象庁も認めています。つまり、緊急地震速報には地震防災上のメリットはほとんどないのです。このような緊急地震速報の受信装置設置を地方の放送局に総務省が補助金をつけてまで推奨しているという記事(2011.5.23読売新聞夕刊)を見かけましたが、全くの税金の無駄遣いです。むしろ、各放送局が独自にFREQLなどのP波警報器を設置して、地震発生情報をいち早く放送できるようにすることこそが、大きな揺れに先行する情報発信の確実な実現に繋がります。
(3)東北新幹線の警報状況と問題点
東北新幹線などの地震警報システムの内、いわゆる早期検知(P波警報)システム部分が気象庁方式に替えられたのは、2007年の能登半島沖地震の前からだと考えられます。というのは、その頃から、新幹線の地震警報システムの動作状況がそれまでに使われていたものと大きく変化したからです。つまり、ユレダスやコンパクトユレダス(2004年新潟県中越地震で直下地震に対してP波警報を発信し脱線したものの転覆などの大惨事になるのを防いだ実績を持っている)と比べて、過剰な警報・過大な警報範囲になるとともに、警報時間が明らかに遅くなってしまっています。
今回はどうだったのだろうかと思っていた矢先、2011年4月5日NHKの夜7時のニュースで東北新幹線の地震警報システムの動作状況について報道がありました。その後、2011年4月7日付の交通新聞に東北新幹線の新幹線早期検知システムについての記事が掲載されました。図8に記事の切抜き写真を示します。これらを総合して、NHK報道を要約して再現すると、以下のようになります。

「新幹線の線路から約50km離れた牡鹿半島にある検知点で最初に地震を検知した。14時47分3秒に運転停止規準120Gal(加速度、5HzPGA)を越え、警報を発信した。非常ブレーキは47分6秒に作動し、やまびこ61号の近くの沿線警報地震計(古川)によると、非常ブレーキ動作後9秒〜12秒経ってから運転規制規準(18kine、SI値)を越え、最初の警報から1分10秒後にもっとも強い揺れになった。」

また、これらの記事や公開資料から読みとれることは以下のとおりです。

@警報受信から非常ブレーキ動作までの時間が従来の2秒から1秒程度に短縮された。
A牡鹿半島の検知点から沿線変電所(古川)までの警報伝達時間は2秒程度と推測される。
B新幹線のP波警報システムは、海岸線・沿線ともに存在しないか、機能しなかった。
C運転停止規準は、海岸線で120Gal(5HzPGA)、沿線で40Gal(5HzPGA)である。
D海岸線検知点で警報発信したのは、120Gal警報で、14時47分3秒(37秒)である。
E警報を発信してから12秒〜15秒後に、沿線の運転規制基準値18kineを超過した。
F警報を発信してから1分10秒後(107秒)に、もっとも強い揺れになった。
()内の秒数は、図7の起点46分26秒からの経過を示しています。以下も同様です。

コンパクトユレダスが稼働していた頃には、120Gal警報は、万一P波警報が機能しなかった場合の備えでした。開業当初の加速度警報だけの時の海岸線警報規準値は40Galであり、これに比べると、120Galの警報発信はずいぶんと遅くなりますが、あくまでも異常時のバックアップということでした。牡鹿半島のK-NET観測点は図7では震央距離0kmのところに示されています。これによりますと、120Gal警報を発令した(37秒)時点はほぼ最初のピーク到来時に相当しています。一方、図7に示すように、コンパクトユレダスであれば、FREQLとほぼ同じ46分46秒(20秒)に警報発信したと推測されます。つまり、新潟県中越沖地震の際にも活躍したコンパクトユレダスが使われていれば、今回の警報発信より17秒早かったと推測されるのです。

要するに、今回の地震では、東北新幹線のP波警報システムは機能せず、地震に近い海岸線検知点で、震度5以上に相当する大きな加速度120Galを検知して警報しています。それでも沿線地震計がSI値18kine以上を検知するまでには、12秒〜15秒の時間的余裕がありました。もし、コンパクトユレダスがあれば、沿線警報規準に達するまでに30秒程度、最大動までにはさらに1分近くの時間的余裕が稼げたことになります。

今回の地震は新幹線からかなり離れたところで発生した地震だったため、P波警報が機能しなくても大きく揺れる前に警報することが可能でした。しかし、現在の新幹線警報地震計にはP波警報機能がなく(少なくとも有効に機能していません)、40Galや120Gal(5HzPGA)の運転停止基準だけでは、直下地震に対する有効な早期警報は望めません。直下で発生した新潟県中越地震に対しても有効に機能したコンパクトユレダスとは異なり、新幹線直下の地震に対して大きな揺れに先行して警報を発することはできないのです。

震央からかなり離れた新幹線構造物が大きく被災したのはM9.0地震の威力とも考えられますが、新幹線の周りにある施設や建物の被災状況も併せて考えると、被災程度は過大で、耐震性が不足していた可能性が否定できません。今後の詳細な分析が待たれるところです。

施設の耐震化は地震防災の基本です。しかし、莫大な走行エネルギーをもつ新幹線の地震時安全性を確保するには、それだけでは不十分です。今回の地震で、大きな災害にならない形で、新幹線の地震時の安全性に関して、耐震性と走行安全性というふたつの問題点が改めて明らかにされたことは不幸中の幸いであったと思います。



4.緊急地震速報の問題点

図9は、新宿にあるK-NET観測点のデータを用いて算出したリアルタイム震度と5HzPGAの時間変化図です。この図や図7をみると、緊急地震速報があろうとなかろうと、東京の九段会館では、ホール会場にいた人たちが地震に気付いてから天井が崩落するまでには、少なくとも1分程度の時間があったものと推測されます。今回の場合、急いでホール外に避難された方々が大勢おられますので、地震に気付いてから安全な場所に避難できるくらいの時間的な余裕があったことになります。もちろん、外に出る行動が必ずしも安全確保につながるとは限りませんから、事前に安全な場所が提示されていることが望ましいのは言うまでもありません。

(1)東京での緊急時地震速報体験
地震発生時、私は、東京大学生産技術研究所で開催されたニュージーランド地震調査報告会に参加しており、そこで、今回の地震に関する高度利用者向けの緊急地震速報が放送されるのを聞きました。その内容は、「緊急地震速報、あと40秒で地震が来ます、予測震度3」というものです。その時刻は、おそらく図7に示したD(16時47分45.3秒発信)の1,2秒後と推測されます。その後、「あと20秒で地震が来ます・・・」と放送される少し前から、揺れているのに気付きましたが、たいしたことは無かろうと高をくくって席についたまま、ステージの上に吊り下げられた照明器具(音響装置も?)が揺れているのを眺めていました。その場にいた多くの方々も同じような行動をとっていたと思います。ところが、地震動はなかなか収まらず、むしろ次第に大きくなっていく中で、我慢しきれずに慌てて立ち上がる人が出ると、それをきっかけに大勢の人が一斉に会場の外に出る行動をとりました。つまり、地震への対応が大幅に遅れたのです。結果的には、何の事故も起きずによかったのですが、緊急地震速報の是非について考えさせられました。「もし緊急地震速報の放送で震度3という先入観がなければ、もっと早く退避行動が起こせたのではないか?」。そして、不幸にして犠牲者がでてしまった九段会館では、どうだったのだろうか。

(2)退避行動のためにはどんな表示が有効か?
東大生研の講演会場では、緊急地震速報に接したとき、私を含めて会場にいた人たちはその予測震度を聞いて、大した地震ではないと思い込み、何もせずに地震をやり過ごす体勢をとってしまったように思います。心理的に正常性バイアス(非常事態であるにもかかわらず正常範囲内であるとの思い込み)は避けがたいのですが、緊急地震速報には、不要なカウントダウンや予測震度など、正常性バイアスを促進してしまう要素が含まれています。

震央に近い仙台付近であっても、最初の緊急地震速報が発信された@の時点では、予測震度4ということで、緊急地震速報は緊迫感を与えなかった可能性がありますが、実際の地震動が目に見えて大きくなる状況であったため、多くの人は速やかに退避行動をとったものと推測されます。

九段会館で緊急地震速報の放送がされたかどうかわかりません。しかし、もし東大生研でのように、揺れ始めまでの予想秒数や予測震度3の放送がなされたとすれば、多くの人はたいした地震ではないと思い込んで、退避行動をとらずにそのまま待機していた可能性があります。しかし、緊急地震速報が無ければ自分自身の感覚で地震に気付き、大勢の人がいちはやく退避行動をとったものと推測されます。被害を最小限度に抑えるためには、あらかじめ効果的な退避方法を周知徹底することが重要になることはいうまでもありませんが、いずれにせよ、迅速な退避行動が明暗を分けたものと思われます。

地震の危険性を的確に判断し、迅速な退避行動のトリガーとなるような情報表示方法の一例として、新しいAcCo地震情報の表示装置を開発しました。いま現在、自分が経験している地震動を、地震動のパワーに基づくリアルタイム震度と、地震力をあらわす水平2方向成分の合成加速度に定量化して表示するとともに、加速度波形の時間変動をリアルタイムで示すことで、切迫性、地震動の推移などを的確に把握できるのではないかと考えています。近日中に、震源に近い牡鹿半島、仙台市内、およびつくばなどにAcCoが設置されていた場合の新製品による地震情報の表示状況を、実測データに基づいてできるだけ忠実に再現して公開する予定です。ご期待ください。地震動が次第に成長していく様子を増大する数値や変動波形で具体的に確認することで、適切な退避行動を促すことができるのではないかと期待しています。

今後、退避行動を促進する地震情報の表示方法について検討を進めていきたいと考えています。

(3)緊急地震速報の問題点と今後の対応
もともとM7クラスの地震の被害地域に対しては、緊急地震速報では揺れに先行して通報できません。役立つはずの今回のような沖合巨大地震に対してさえ、オンサイトのトリガー警報と同等というのでは、緊急地震速報の存在意義はありません。きっぱりと廃止すべきです。廃止できない場合でも、緊急地震速報の一般向け配信と機を一にして始まった法的な規制を撤廃できれば、それぞれの放送事業者などが独自に地震計を設置し、その情報に基づいて、もっと迅速に効果的な地震情報を視聴者に向けて送信・放送できるようになるでしょう。地域のことは地域で対処できる体制と、情報の多重化・多様化を実現するためにも、気象庁には、すべての観測情報の即時公開と不要な使用制限の撤廃を促す必要があるのではないかと考えています。今後の気象庁のあり方を議論するとともに、気象業務法を早期に見直す必要があります。



5.おわりに

発生した震災の状況を的確に把握することは、その後の対応にとって不可欠です。今回の震災では、様々な分野が協力して対応しなければならないことが明確に認識されました。地震防災に関する、より広汎な議論が活発化するものと信じ、少しでも地震防災力の向上に役立つような提案や試みを行っていきたいと考えています。


以上



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