ご報告

2008.7.7 SDR


2008年岩手宮城内陸地震M7.2に際して考えたこと


中村 豊
(株)システムアンドデータリサーチ代表
東京工大大学院総理工連携教授


目次

1.地震災害はいつも不測の事態を伴う!
2.緊急地震速報について・・・もう少し現実的に考えよう
3.フレックルやアッコの使い方
4.気象業務法改悪とマスコミ
5.気象庁の役割・・・不正確な予測警報ではなく、緊急対応に役立つ正確な観測情報を!
6.断層について
7.警報システムの動作状況
8.新幹線の警報システムの動作状況  長時間全線停止はなぜ起きたのか?
9.4000Galを超える加速度記録について




1.地震災害はいつも不測の事態を伴う!

 地震はいつも新しい災害をあぶり出すことに驚く。よほど想像力を逞しくして起こり得る災害を想定し、対策を考えておかねばならない。とはいえ、今回の地震によって炙り出された土砂崩壊は、すでに四川大地震で大きな問題としてクローズアップされていた。文字通り他山の石として教訓を汲み取り実務に活かす暇も無いほど、時を置かずに同じような災害に見舞われてしまった。斜面崩落による惨状を見ていたはずなのに、同じような斜面崩落を目の当たりにして、改めてその凄まじさに茫然としている。このような災害にどう対処したらいいのだろうか?これからさまざまな調査が行われて適切な方法が提案され、確立していくものと期待する。弊社も微力なりに貢献できれば幸いである。



2.緊急地震速報について・・・もう少し現実的に考えよう

 ここのところ緊急地震速報がたびたび発信されている。これまでに指摘してきたとおり、震央を中心とした30-50kmの範囲(M7クラスの被害域)では、大きな揺れに先行できないことが実証された。ようやく、間に合わないことがある、などという誤解を招く責任逃れの言い方はしなくなったように思うが、まだあいまいな説明に終始している。どんな場合でも、役立つような使い方があるかのようである。今回の地震でも、震央域では間に合わなかったが、遠く離れたところでは、揺れに先行して速報されたので、大いに役に立ったとする意見もある。しかし、よく考えてほしい。被害が生じないようなところで、揺れに先行して速報されることに防災上の意味があるのか。少なくともオンサイト警報より有益とは思えないし、莫大な国費をかける意義があるとも思えない。もう少し現実的に考えるべきではないか。

 緊急速報を、遠く離れたところで経験した人は揺れる前に速報されるものと誤解し、近くで経験した人はこうした警報は間に合わないものだと誤解する。いずれも不幸である。もともと、緊急地震速報は遠く離れた大きな規模(M8クラス)の地震に対して役立つ可能性があるというものであり、特別な受信装置を備えることなく、既存の放送などによって情報を伝えることでもその有用性は失われない筈である。ところが、いつの間にか、寸秒を争う、震央域ででも有用であるかのような言い方をして、迅速な情報受信のためには特別な装置が必要と思わせることに成功した。しかし、そのようなものに経費(機器費と月々の情報料)をかけるくらいなら、高機能のオンサイト警報地震計を購入した方が結果的に安上がりであるし、警報のみならず、その観測波形を含む計測値も多方面で役立つ。

 弊社のオンサイトP波早期警報器フレックル(FREQL)や新型アッコ(AcCo)であれば、震央域でも大きな揺れに先行して警報できる。しかし、緊急地震速報に用いている方式や機器では、M7クラスの地震の被害域では、大きな揺れに先行することは不可能であり、そのことは最近の地震ではっきりとしてきた。にもかかわらず、多くのマスコミはユーザーに有効な使い方を考えようという。また、機能を向上させるために研究費(公的資金)を投じさせようとする。役立たないことがわかっても緊急地震速報を支援し続けるマスコミの存在は理解しがたい。だめなものは止める勇気も必要ではないか?研究費として公的資金を投入して精度向上を図るというのは、技術的に先行する民間企業に対して不公正な競争を強いるものでもある。



3.フレックルやアッコの使い方

 たとえば、四川大地震で日本の国際緊急援助隊が携行したフレックルを放送局に設置すれば、いち早く的確に地震警報を発することができる。この場合、途中にさまざまな中継を介在させる必要はないので、フレックルが地震警報を発信すると同時に放送されるものと期待される。フレックルを設置した放送局と気象庁の緊急地震速報用観測点が地震に対して同じような位置にあったとすれば、フレックルは緊急地震速報より5秒以上はやく警報発信できる訳で、放送地域内では大きな揺れに先行してフレックル警報を聞くことができることになる。放送局が震央に近ければさらに早い警報が実現できるし、放送地域内に効果的にフレックルを配置すれば、地震の発生をいち早くとらえることができ、放送地域内のどこで発生した地震に対しても大きな揺れに先行して警報できるようになる。こうした地域の取り組みが統合されれば、より広い地域に対して効果的な警報を実現でき、緊急地震速報よりはるかに有用なシステムが一般視聴者にはほとんど負担をかけずに構築できると期待される。放送局側にかかる負担も現状よりも大幅に少なくなるだろう。

 ところが、昨年11月の気象業務法改悪により、こうした不特定多数に対する警報は気象庁ないし特別に許可を得たものにしかできないことになっている。気象庁はこうして、競合相手を排除して独占的に地震警報の配信事業を行っている。気象庁からは無償で情報が流されているようであるが、気象庁OBはじめ公務員OBなどが幹部を務める情報配信会社やNPOはユーザーから機器代金のみならず月々の情報料をも徴収している。これは本来国庫に納められるべき利益を天下り先である特定業者に不当に提供していることに他ならない。公正な競争を阻むだけでなく、公権力に頼らず地道な努力で最先端のシステムを開発し続けている民間企業を不当に圧迫するものである。



4.気象業務法改悪とマスコミ

 昨年の気象業務法の改悪はメンツにこだわらず早急に是正してもらいたいものだ。しかし、天下り行政の廃絶が叫ばれ、いろいろと監視されている筈の時期に堂々と新たな天下り先を構築しているところをみると、革命でも起こらない限り改革などは無理なのかも知れない。自分の目でしっかりと物事をみることができるジャーナリストも不在なのだろう。そういえば、現在の気象庁の天下り体質を強化したと思しきお役人は、マスコミの指弾も受けず、庁益の増進に貢献した功績が認められたためか長官にまで出世した。その後某気象予報会社に天下り、現在は地震災害発生時には民放などでコメントを求められる自他ともに認める地震防災専門家としてご活躍中である。社会正義や人道は、無条件で成立するものではなく、成立させる努力や制度が欠かせないのではなかろうか。マスコミは社会正義を成立させる装置のひとつと思っていたのだが・・・。改悪に際して気象庁は、通常よりかなり短期間ながらパブリックコメントを募集している。集まったコメントはどのようなものでそれをどのように反映させたのかをある委員会で、気象庁の関係職員に問い質した。しかし、緊急地震速報の広報官でもある彼は、パブリックコメントの内容については全く把握していなかった。要するに「意見は聞きましたよ」というアリバイづくりのためのパブリックコメント募集であったようだ。実は私もパブリックコメントに応募している。提出した意見全文を以下に掲げる。

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意見:
 地震災害の場合は、現象が突発的で、行政が関与できない時間帯が生じる。したがって、地震に関して気象庁など地震観測に携わる行政機関が行うべきことは、周辺からの救援活動が迅速に開始できるように、地震後できるだけ早く正確な地震情報(余震を含む震源情報と震度情報など)を発信することであって、警報を発することではない、と考える。  地震警報の場合、緊急地震速報のように、中央に送ってから処理するようでは遅いし、被災したかも知れない通信網に頼って情報を流すようなネットワーク警報では信頼性に欠ける。気象庁自らが、緊急地震速報は直下地震など震央地域では間に合わない場合があることを明言している。
 寸秒を争う事態に対処するため、地震警報は誰にでもできなければならない。各自が自律的に、自助、共助しなければならない事態であって、公助さえままならぬ時間帯が生じるのである。そんな中にあって、警報などの情報を気象庁しか発信できないとなれば、気象庁からの情報を待つことになり、被害が拡大するおそれがある。
 気象庁が地震動予測や警報発信を行うことに異論はないが、気象庁以外からの警報や情報を規制することには反対である。ましてや、既に民間では緊急地震速報より迅速な早期警報技術が確立されており、有効に機能することも実証されているのに、後から法規制をかけることは問題があるのではないか。
 「複数の異なる警報が錯綜する事による社会的混乱」を理由に他機関の警報発信を規制しようとしているが、地震の場合、時間的にずれた複数の警報があったとしても、最初の警報が有効に機能するだけで、混乱する時間的余裕はない。また、観測情報に基づく限り、情報内容に大きな相違はないので、情報が複数錯綜したとしても社会的に混乱することはない。これまでの経験では、むしろ情報が少なすぎるために混乱が生じていることがある。地震後、直ちに正確な地震情報が伝えられれば、混乱することなく適切に対処できるものと期待される。
 したがって、気象庁からは警報ではなく、地震の詳細で正確な情報をこそ発信してほしい。地震発生時に、多くの責任ある機関から正確な情報が競って発信されるように、気象庁以外からの情報発信を規制する改正部分は削除すべきである。
以上
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5.気象庁の役割・・・不正確な予測警報ではなく、緊急対応に役立つ正確な観測情報を!

 きちんと計測していれば、せいぜい10数秒後には判明する震度を不正確に予測して、警報を発するなど言語道断ではないか。気象関係はいざ知らず、地震防災に関して言えば、国家機関が警報を発するのは間違っている。

 地震直後は通信網が機能しなくなり、至る所で不通となる。気象庁は災害発生後の緊急対応に役立つ正確な地震情報の迅速な発信の実現にこそ努力すべきである。緊急地震速報にうつつを抜かすのではなく、地震後1分以内に正確な発生時刻と発生位置、規模を数値としてまた地図上の情報として発信してほしい。もちろん、本震だけではなく、余震の発生状況についても同様で、一刻も早く被災地を特定できるような情報発信が望まれる。観測情報を震央分布図に加工して公開するのもいいが、元データを公開して自由に使わせてもいいのではないだろうか?さまざまな段階のデータがあろうが、少なくともUSGS(米国地質調査所)などのように積極的に公開してくれれば、緊急地震速報などよりもはるかに地震防災に役立つ使い方が工夫されると期待される。

 とにかく、発災後1時間以内に重大被災地区を特定して救援部隊が集結できるような体制の確立が望まれる。地震発生時間が分単位、震央位置が0.1度単位(約10km単位)ということでは、被災地特定も大雑把にならざるを得ない。いち早く、USGSのように、発生時刻は1秒単位、震央位置は1/1000度単位(約100m)くらいで発表してもらえないものだろうか。もう20年以上前から、気象庁との協議の場や委員会など、機会あるごとに、気象庁関係者には地震警報よりもこうした正確で詳細な地震情報の迅速なリアルタイム公開を要望してきたところである。昨今の被害地震の多発状況をみるにつけ、この昔からの要望を早く実現してくれるように願うばかりである。



6.断層について

 地震と防災に関する話題には、緊急地震速報のように、感覚的には有意義だと思えるが具体的に考え始めるとわからなくなる、というものがあるようである。

 民放のTV解説で、地震研究者が断層調査の意義について聞かれ、断層の位置や特性が分かれば具体的な防災対策が策定できると答えていた。これも、一見もっともらしく、感覚的には納得できるような気もするが、よく考えると、断層調査結果と一般の防災対策がどのように結びつくのかわからない。両者の関係を具体的に説明した資料などはあるのだろうか。断層を調査してもすべてを明らかにできる訳はなく、防災と結びつけることも一般には難しいのではないか。断層周辺地域の土地利用を制限するのが防災対策ということになりかねない。一見まともな対応策であるが、断層調査の漏れを無くすことは不可能であること、日本のようなところでは至るところに所断層が存在する可能性があること等を考えると現実的な対策とは言えまい。日本では、どこでも不意に地震に襲われる可能性があるとして対応するのが合理的で、調査の結果判明した断層のみへの対応策を考えるというのは危険である。地震研究と地震防災を直結して考えると間違えるのではないか。地震防災に必要なのは評論家ではなく実務家だ。

 被害地震はいつも意表を突いて起きている。次はどこが危険だという想定は、少なくともこれまで当たった試しはない。想定された地域は緊張して災害に備えるが、逆に想定から外れた地域は安心して精神的に無防備になり、却って危険である。心すべきであろう。

 もちろん明確な断層を跨いで構造物を建設する場合や、既に存在している構造物が跨いでいることがわかった場合には、適切な対応をしなくてはならないのは当然である。前者の例として山陽新幹線の新神戸駅、後者の例として東海道新幹線の富士川橋梁などが知られている。いずれにしても、地震研究と防災対策は別物として考えることが重要である。



7.警報システムの動作状況

 2008年6月14日に発生した岩手宮城内陸地震(M7.2)の強震データを用いて、フレックルの警報動作をシミュレーションした。利用した強震データは防災科研から公開されているK-NETとKiK-netによる強震波形観測データである。フレックルのP波警報レベルは、RI(リアルタイム震度)=1.5(震度2相当)、とした。
 この地震では、はじめて成功裏に、一般に対する緊急地震速報が出された。しかし、この地震でも、震央近くの被害地域では、大きな揺れに先行することはできなかった。ふつうでは被害が発生しないようなところでの緊急地震速報は防災情報とはいえまいが、それでも多くの人の印象には残ったようである。
 さて、この地震は、朝8時43分45秒(防災科研による)に発生した。それから5.7秒後に気象庁システムが地震動を検知し、さらに4.5秒後に一般への緊急地震情報を発信している。ユーザーがこの情報を受信するにはさらに数秒を要する。
 シミュレーション結果を図にまとめて示す。これは横軸に震央距離をとり、縦軸に地震発生からの経過時間を秒単位で示したものである。曲線や記号で、P波検知時刻やRI=1.5のP波警報時刻などを示している。警報時刻、主要動の始まりおよび最大動発現時は、地点によってばらつくので、大まかな範囲をそれぞれ網掛けで示している。また、一般への緊急地震速報の発信時を10.2秒のところに示している。緊急地震速報がユーザーに実際に届くのはこの数秒後ということになる。


図:フレックル警報動作のシミュレーション結果と緊急地震速報の比較

 図によると、@震央距離30km程度までは主要動が始まる前に緊急地震速報は発信されない、AフレックルによるオンサイトP波警報が緊急地震速報より遅れるのは、今回の主な被害域領域(半径25kmの円内)のほぼ二倍に相当する概ね震央距離50kmより遠いところである、Bフレックルによるオンサイト警報による余裕時間を大きく揺れ始めるまでの時間で計測すれば、震央から30kmまでの被害域では概ね3秒〜5秒程度、30km〜50kmは5秒〜7秒程度、50km〜100kmでは7秒〜13秒程度となる。揺れ始めから最大動まではさらに数秒ある。気象庁で発表される緊急地震速報の猶予時間は、警報発信から最大動までを指していると思われるので、受信までの時間と大きく揺れ始めてから最大動までの時間(合計4秒程度)が含まれていると考えられる。猶予時間から4秒を差し引いてから上記の余裕時間と比較する必要がある。
 緊急地震速報以外の警報システムの動作状況を、報道記事(週刊文春2008年6月26日号p.149)から要約すると、次のようになる。「ある半導体工場(MO社、推定震央距離58km)では、実際の揺れの11.6秒前に緊急地震速報、自前の警報装置で4.2秒前に館内緊急地震動放送ほか生産ライン自動停止。」つまり、(10.2+α)秒に緊急地震速報受信、その7.4秒後に自前システム警報発令、さらに4.2秒後に揺れ到来、αは発信から受信までの時間で2秒程度と考えられる。もし工場内にフレックルがあれば、緊急地震情報の受信と同時か数秒遅れでP波警報を発令したと推測されるので、現行の自前警報装置より5秒以上余裕時間が増えると推測される。



8.新幹線の警報システムの動作状況  長時間全線停止はなぜ起きたのか?

 今回の地震で新幹線の警報システムはどのように作動したのか興味を持って注目している。毎日新聞には報道されたので、JR東日本から何らかの発表があったものと思われるが詳細は不明である。毎日新聞の署名記事(斎藤正利記者、2008年6月24日15時00分の電子版)は要領を得ない内容であるが、ともかく、以下のように要約される。

 「東北新幹線:一ノ関-水沢江刺間のやまびこ46号(推定震央距離23km)では本震<大きく揺れるの意か?>の7秒前に送電停止で非常ブレーキが作動。新築館地震計 [推定震央距離35km] が40Galの揺れを検知して、7秒前<何の?>に大宮-八戸間の送電を停止。新長者地震計 [推定震央距離87km] は本震<大きく揺れるの意か?>14秒前、新仙台地震計 [推定震央距離96km] は同17秒前に検知<何を?>。緊急地震速報との関係については言及なし。」 [ ] や<>は、それぞれ筆者の推定や疑問を現している。

 この記事には、40Gal加速度警報しか働かなかったかのような記述や<>で示したような疑問があり、動作状況を正確に把握することはできないが、総合的に判断して、概ね緊急地震速報発信より1秒〜2秒遅れて一斉警報を発したものと推測される。フレックルが使われていれば、緊急地震速報発信より2秒程度先行して警報が発信されたと考えられるので、余裕時間は現行より3秒〜4秒増大したものと推測される。現在の新幹線地震警報システムは以前のコンパクトユレダスよりも明らかに警報発信が遅くなっている。

 なお、フレックルの前身であるコンパクトユレダスはP波検知から1秒程度で警報を発するが、それ以上時間がかかる地点では警報を発信しない可能性が高い。フレックルもそのような警報発信とすることができるが、その場合、新幹線のP波警報は、新潟県中越地震のときのように、被害地域近傍にしか発信されないと推測される。つまり、以前のコンパクトユレダスやユレダスでは迅速な警報を実現するとともに不要な警報をできるだけ排除して利用者の安全性と利便性を両立させるように考慮されている。

 警報システムが気象庁タイプに変更された後、能登半島地震、新潟県中越沖地震などでは、被害地域をはるかに越えて新幹線全線が停止する事態となっている。今回の地震でも震央域と新幹線の位置関係からはほとんど被害は出ていないと判断されるのに、岩手・宮城両県内では在来線も含めてほぼ全線の運行が長い時間停止してしまった。2005年7月23日や2006年2月1日の地震でも首都圏JRなどの長時間の運行停止で混乱したが、今回のような事態が首都圏など人口が集中した地域で発生すれば、比較にならない程大きな混乱を引き起こすのではないかと危惧される。



9.4000Galを超える加速度記録について

 今度の地震で、阪神大震災の時に記録されたものの4〜5倍の最大加速度の地震動が記録されたそうである。これまで注意してきたように、最大加速度は、地動の周波数帯域を高いところまで計測すれば、一般に大きなものになる。つまり、高い振動数までの地震動をみれば大きな最大加速度が観測されるが、被害との関連性は希薄になる。地震動を議論する場合、最大加速度は特に、その周波数帯域を限定する必要がある。高い振動数の地震動は、特殊な場合を除けば、被害に結び付くことはほとんどない(今回の地震被害を特徴づける土砂災害は特殊な場合になるのかもしれないが)。そこで、旧国鉄では、地震警報のために、5HzPGAという新たな最大加速度指標値を定義して、1985年から全国的に使用を開始した。これは、5Hz以下の地震動による水平最大加速度で、主として土木構造物や建築構造物の本体に被害を与える可能性があるものと考えている。この5HzPGAは東京メトロなどに引き継がれている。JRでも引き継がれていると思うが、そうであれば、JRの警報用加速度を相互に比較することは可能である。しかし、そのほかの機関などから公表される最大加速度は、観測時期によって測定周波数帯域が大きく異なることがあるので直接比較はやめた方がいい。大きな誤解を招くことになる。マスコミには阪神大震災以来、注意を喚起してきたが、毎回のように間違った比較報道がなされるのには閉口する。ぜひ改めていただきたい。関係者もまちがった比較を誘導しないように細心の注意を払ってほしい。

 さて、今回の4000Galを超える地震動記録(NIED一関西)は、この5HzPGAでみると、970Galとなり、中越地震の小千谷(NIED)と上越新幹線川口変電所(JR)ではそれぞれ1167Galと818Gal、兵庫県南部地震のJR鷹取は730Gal、同じく神戸海洋気象台(JMA神戸)では848Galとなっている(いずれも記録波形処理による5HzPGA)。これらの値は相互にそれほどかけ離れておらず、概ね同程度といえる。水平最大速度についてみると、NIED一関西(45kine)、JR川口(99kine)、JR鷹取(166kine)、JMA神戸(95kine)となっており、今回のものはむしろかなり小さい。今回の地震動は上下動が大きいことが特徴である。計測震度に相当する値で地震動のパワーを表すRI値は上下動も考慮しているが、これをみても、それぞれ、NIED一関西6.2、NIED小千谷6.7、JR川口6.6、JR鷹取6.6、となっており、今回記録された最大地震動は必ずしも史上最大というわけではなく、構造物に及ぼすパワーという観点からみるとこれらの中ではかなり小さなものとなっている。今回の地震では家屋の倒壊が少ないと報じられているが、こうした地震動の性質も関係しているのであろう。もちろん、家屋など建物の被害に関しては、地震動だけではなく、建物の耐震性能も考慮しなくてはならないことは言うまでもない。

 そもそもこの記録は、その波形、特に上下動波形が少し異常である。断層の上盤側の特徴つまり今回の地震被害に関連する特徴的な地震動を記録したものかもしれない。そうだとすると非常に貴重な記録である。今回の震源域にはダムが多く存在しているようである。ダムには強震観測器が備えられたものが多いので、震源域の強震動の実態が記録によって明らかになると期待される。震源域のデジタル強震記録の公開が待たれる。


以上



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